◆ 大晦日 / 2006.  12.  31

2006年が終ろうとしている。
今年の私の最大のニュースは何と言っても1月の教室および住居の移転だ。お蔭様で本当にたくさんの方々との新しい出逢いがあった。ご縁の不思議を感じながら… どの方にも心から感謝を申し上げたい。

次に、「さろん閑遊」という教室を春には関東エリアで、秋には関西版の朝日新聞に取り上げて頂いたことだ。たまたま偶然のことにて、記事の内容も全く違ったものだが、、こちらもお蔭様で東京の教室は開催日程を6日間から10日間へと広げることとなり、まさに東京フィーバーの一年となった。また神戸でも新たなご縁をたくさん頂いた。何より旧知の友人、知人から本当にたくさんのメールやお便りを頂き、改めて人と人との繋がりの大切さを痛感し感謝する機会を得た。

そして…三番目は、先述の己の体力の低下だ! 今まで歯科の定期健診にしか保険証を使うことが無かったのに今年はどうだ…笑! 皮膚科(手荒れがあまりにひどい状態になった) 耳鼻科(アレルギーと診断された) 整形外科(ギックリ腰) お医者さまにかかるのにも結構な時間と費用が必要だと再認識した。 健康がいかに大切であるかを身をもって気付かされた一年だった。

今年は、いつも何かに追われているような本当に忙しい毎日だった。。。 屋号である「閑遊」は、残念ながら自分自身には当てはまらないのが現実だった。 来年は何よりも健康を第一に! 少し先を見つめて… 感動と感謝を忘れずに… 「閑(しずか)なる時を遊ぶ」ゆとりを持ちたいと願う。 今年一年、ありがとうございました。

◆ マカロン マカロン / 2006.  12.  16

今日… 恐らく今年のルミナリエ開催期間中最高の人出であろうこの土曜日に、東京から従姉妹二人がやって来た。神戸〜京都観光が目的だそうだ。 何も一番の混雑が予想されるこの土曜日にルミナリエ見物をしなくても、先に京都観光を済ませてくれば良いのに…と、我々は思ったが、OLの彼女達、土日を利用しなければならない事情と手土産の都合があったらしい。手土産とは、お菓子好きの我々の為にわざわざ丸の内に回って《パティスリー サダハル アオキ》のマカロンを買ってきてくれたのだ。有難いことに、このマカロンを私達に食べさせる為に神戸へ直行してくれた訳だ。

マカロン・・・ 数年前からずっと流行っている洋菓子だ。今までにもたくさんの有名店のものを頂戴している。はるかパリのお土産として頂いたこともある! 色鮮やかな生地に工夫を凝らしたオリジナルのクリームが挟まれている軽いタッチのお菓子だが、《サダハル アオキ》のスペシャリテはやはり抹茶だそうだ。16個入っていたがいずれも個性的なコンビネーションで、とても美味しかった。お味は基より何より感動したのは、ラッピングケースだ。

マカロンを頂くと必ず壊れていたり、クリームが別の生地に付いていたり、ひどい時にはボロボロになっていたりする。 が、これは良い!良く出来ているなぁ〜!と、感心した。 つまり卵ケースと同じで、ひとつひとつが保護され、多少のことでは崩れない。味が混ざることも無い。 見た目も風味も、美しく美味しい! この企業努力?真心を込めて作ったお菓子を守ろうという愛情が感じられて、日本人らしい几帳面なまでのデリケートな思いやりが素晴らしいと思った。

◆ ルミナリエ / 2006.  12.  8

今日から「ルミナリエ」が、始まった。 暖かな今年の12月、きっと来場者も多いことだろう
夕方4時ごろに教室の下では、警察官やガードマンさん達のミーティング?のようなものが始まり、その後来場者を誘導する為の白い鉄柵を皆が手で運び、つなぎ始めた。この恐ろしい程の数量のガードレールのような鉄柵は、今日まで何処に保管されていたのだろう? 私達には、全てがはじめて見ることばかりで、興味深くて面白く… しばし高みの見物をして楽しんだ。

震災の年、被災者の方々の鎮魂の為に催されたこの「光の回廊」だが、私もその年を含め、数回しか来たことがない。 特に明石の花火大会の将棋倒しの事故以来、この「ルミナリエ」もトコロテン式の一方通行となった。並ばされるのが嫌で、それ以後は全く興味もなくなった。。。不景気で企業からの寄付も減り、毎年「止める」「なくなる」の噂の中での開催だ。

夜の教室の終了後、ちょうど人も少なくなり始めた9時過ぎに、妹と二人、列には加わらず回廊のゴールの広場である東遊園地へ行ってみた。 老いも若きも凄い人出で…、鎮魂からはほど遠い単なるイベントだ。 美しい光の中で屋台からの煙や臭いは、やはり何処かミスマッチな気がした。そして予算不足と聞くように、残念ながら、確かに回廊の… アーチの厚みが薄くなっていて、東遊園地の光もボリュームダウンしているように思えた。

観光化されて街が潤うのだろうか? 事故防止への配慮は理解できるが、ここまでの人件費をかけてルートを守らなければならないほど、人々のマナーは地に落ちたのだろうか? 震災から十年を経て、本来の開催の意味を今一度考える機会が必要なのではないかと思った。

 

◆ 街はクリスマス / 2006.  12.  4

昨晩、遅くに神戸に戻った。一夜明けて街を見渡せば、街はクリスマスムード一色だ。中央通りの街路樹のイルミネーションは上京前からだったが、元町商店街の入り口や三宮センター街には大きなリースが掲げられ、目の前の朝日ホールには恒例のフェリシモのぬいぐるみのツリーが設置されていた。このツリーに飾られているぬいぐるみたちは、クリスマスイベント終了後、世界の恵まれない子供達にプレゼントされるそうだ。写真のフェリシモのツリーは教室の窓から眺めることが出来る。

そろそろ、ルミナリエの組み立ても始まる頃だろう。。。この場所へ来て初めてのクリスマス。 ちょうど教室の前の三宮中央通りがルミナリエのルートになっているが… 果たしてどのような賑わいになることやら… 確かに神戸という街はクリスマスが良く似合う街だと思う。 

 

◆ 東京和菓子教室 〜 冬 / 2006.  11.  23 〜 12.  2

【体力の低下 11 / 25】
一昨日から今年最終の東京での和菓子教室が始まった。実は、情けない話だが初日の私のコンディションは最悪で… 例によって東京教室前の極端な睡眠不足がたたってのことだろう。 今日になって初日の数名の生徒さんから「とてもお疲れのご様子でしたが、大丈夫でしたか?」と、お葉書、お電話を頂いた。。。 ご心配をお掛けして誠に申し訳ありません! 

今年は、最初(1月)の東京教室の際にも珍しく風邪をひいてしまい、随分辛い目にあった。 5月にはアレルギー性鼻炎と診断を受け、以来ずっと風邪声だ。 また8月には十数年ぶりにギックリ腰をおこした。そして今回、教室前日にチョッと苦手なものを口にした途端の体調不良・・・つまり老化! 認めたくないが仕方のない現実だ。。。 ずっと以前から周囲の人々に「健康を過信しては、いけない」と、注意をされていた。別に過信しているつもりは無いのだが…。ともかく己の体力の低下を思い知らされる一年になった。

という訳で、楽しみにしていた食事会や母の誕生会、親友との忘年会もすべて取りやめた。あと一週間を無事に乗り切らなければ。。。 来年は、体力の増強に臨みたい。

 

【新しい生命 12 / 1】
ずいぶん長く東京の教室を手伝ってくれていた従姉妹のAちゃんに、去る11月26日赤ちゃんが生まれた。女の子だ。“おめでた”とわかった後もお手伝いを申し出てくれたが、「とんでもな〜い!」と、私達はAちゃんの妊婦姿を一度も見ることなく、彼女は母となった。

産院がここ(学芸大学)から4つの駅!と、近いことから、今日、彼女と赤ちゃんを見舞った。向かった病院は広尾の母子愛育病院。9月に親王様が生まれたあの病院だ。外観は少しレトロな感じのする病院だが、中は温室のように暖かく、いかにも産院らしい可愛らしさと清潔さが印象的だった。

赤ちゃんは生後5日目、まだ少し赤黒く、手足もシワシワで… おもわず「ちっちゃい〜」と叫んだ。タイミング良くちょうど目覚めていて… まだ見えていない目をキョロキョロと忙しく動かしていた。しばらくすると会社帰りのパパがやって来て、「わぁ、パパそっくり〜」「自分が一番、驚きました!」と大笑い。。。 母は、お祝いにと編んだケープ、帽子、靴下を早速に着せてみてご満悦だが、ちょっと、お帽子大きいよぉ〜。 まぁ、直に大きくなるか? 

穏やかで幸せな気持ちに包まれた時間だった。両親や周囲の人々の愛情に育まれ、健やかに素直で優しい女の子になることでしょう。Aちゃんには、二度とは取り戻せない赤ちゃんとの時間を大切に過ごして欲しいと思った。

 

【レストラン・ムッシュ・ヨースケ 12 / 3】 
思えば《レストラン・ヨースケ》が、今まで登場しなかったことが不思議だし、何やら…申し訳ない気持ちだ。《レストラン ムッシュ・ヨースケ&マダム・キコ》は、恩師 松島桂子先生のご次男が経営するレストランで、中目黒にある。1階がカレーがメインの欧風料理《ムッシュ・ヨースケ》、2階はパスタが主役の《マダム・キコ》という別々のお店だ。どちらも美味しい! 

テレビや雑誌にもしょっちゅう登場する、東京では知る人ぞ知る名店だ。特にデザートの「クレーム・キャラメル」は、朝の人気番組《はなまる マーケット》の‘おめざ’で、2003年のプリンのグランプリに輝いた。紹介されたのは確か竹内結子さん。土地柄、芸能関係者も多いお店だ。

先述のように、今回どこにも出かけられなかった私達は、神戸に戻るこの日のランチを《ムッシュ・ヨースケ》で摂ることにした。毎回、上(ヨースケ)か下(キコ)か迷うのだが、今回は久々なので《ヨースケ》に決めた。 日曜日のお昼、一応気を使って遅めに伺ったが、いっぱい・・・。 待たずに席につけたものの後から後からお客さんがみえて… もっと遅く来るべきだったと反省!

実は《ヨースケ》のスタッフは、和菓子教室の生徒さんでもある。メンバーは少しずつ入れ替わっているが、私が東京で教室を始めた時から、毎回、数名の生徒さんを「勉強」と称し参加させてくれているのだ。だから、シェフの陽介さん、マダム(奥様)の京子ちゃんはもちろん、殆どのスタッフと親しくさせてもらっている。その役得で?今日も普通のランチセット(本日のスープ+カレー(4種からチョイス)+飲み物)をお願いしたのに… 全てがスペシャリテ♪だった。

      

食前酒をサービスしていただき、まずはスープ…他の方々はカップに入った「ミネストローネ」なのに、私達は「つぶ貝のポワレ トリュフ添え」。大好きな「ベジタブルカレー」は盛り付けが他の方々とは比べ物にならない美しさ!だった。追加でデザートをお願いして、もう満腹! 本当に久しぶりに頂いた《ヨースケ》のお料理だったが、やっぱり美味しかった! カレーのお味も微妙に変化しているように思える。 お味はもちろんだが、家庭的で気さくな雰囲気、東京においてはかなりリーズナブルなお値段も人気の一因だろう。 神戸に支店を出して欲しいね!と、大満足で帰路に着いた。

 

◆ 夕刊マダム〜 下/ 2006.  11.  9

先週、木曜日の朝日新聞の夕刊に続き、「関西PLUS ウーマン」の《夕刊 マダム》というコーナーに、私自身を「マダム」として紹介して頂いた記事の後編が掲載された。先週の写真とは好対照に、南側が全面ガラスの明るいこの場所(教室)の雰囲気が見事に写しだされた大きな写真が目に飛び込んできた。その中央に何とも嬉しそうな顔をして笑っている私がいる。 やはり、気恥ずかしいものだ。

カメラマンの滝沢さん、あるいはこの写真を選んでくださった編集部の皆様に、まずは一言お礼を申し上げたい。それは、私の背後に(右隅に)裏で働く妹の後姿と母(白髪の頭のみ)を、しっかり写し込んで下さっている事だ。 私が主宰する「教室」だが、いつも三人! “三こ一” “だんご・さん・親子” なのだ。。。 教室ではそれぞれに人気者の二人だが、こうした取材の折には、まず登場することはない。いつもいつも縁の下の力持ち!で、蔭の力だ。。。 私の教室は“姉妹”あるいは“親子”で行なう家庭的な雰囲気が「売り♪」なので、この場に彼女らの働く姿を自然な形で写して頂いたことは嬉しい限りだ。

前編の和菓子から料理やおもてなしのスタイルに、どのような形で持っていかれるのか…?と、楽しみにしていた。記事を読み終え、思わず…「松尾さん、上手い!」と叫んだ。(笑) 私がお話させて頂いた事柄を、上手に抜粋して、上手につないである。さすがプロだ!! 気にかかっていた“中華料理”の話をどう持ってこられるのか?あるいは“中華”は登場させないのか? 個人的に興味津々だった。  〜〜松尾さんは、事前に私のHPを隅々までお読み下さり『和のイメージ』『和のおもてなし』を念頭に取材にみえた。 私が「教室のはじまりは“中華料理”で、実際のお客様の折には“中華料理”をお出しする事が多いですねぇ〜」と申し上げたところ、少し困惑した表情で「う〜ん…“中華ですか…? 『極めつけは、中華!』なんて結びにしたら、上司がコケルだろうなぁ…」と、クスッと笑われた。その事が、とても印象深く私の脳裏に引っかかっていた。〜〜  「一緒に楽しむのも、おもてなしです」のまとめには、拍手! まさに、そのとおりです♪

今回の掲載記事をご覧下さり、もうずっと長い間「音信不通」になっていた友人、知人から、メールやお電話を多数頂き、恥ずかしさ半分嬉しさ半分… 懐かしい思いに包まれた。 

 

◆ 夕刊マダム〜上 / 2006.  11.  3

昨日の朝日新聞の夕刊、3面「関西PLUS ウーマン」の《夕刊 マダム》というコーナーに、私自身を「マダム」として取り上げて頂いた。(苦笑) 昨日が前編・和菓子で、後編はやはり来週木曜日の夕刊に料理編が掲載される予定だ。 教室の事を記事にしてもらう事は何より有り難く、諸手を上げて大喜び出来るのに、自分が主人公となって紹介されるとなると何やらとても気恥ずかしいものだ。 《夕刊 マダム》というタイトルも何やら微妙な響き(有閑マダム)を持つネーミングだが、年齢的には「マダム」として何の不平不満も無い歳だ。(笑)

写真取材は先月17日、実際の料理教室時に行なわれ、当日参加の皆さんにもご協力をお願いした。聞き取りの取材は9月の上京前に既に済ませていた。。。原稿はあくまで松尾由紀さん(朝日新聞記者)の記事なので、事前のチェックは無し! 私自身も昨日の夕刊を開くまで、どのように紹介されているのか全く知らされていなかった。 記事の内容は元より、やはり写真も気になった。(笑)

今まで、日経新聞、東京の朝日新聞、そして今回の関西の朝日新聞と、有難いことに3回も新聞に掲載して頂いたのだが、最初の日経新聞の写真はショックな位に“オバサン”(事実だから仕方ないのだけれど)に写っていて… 写真が恐怖! かなりのトラウマになっていた。(大笑) 今回はお蔭様で歳相応?それなりの「マダム」に。また、ただのボロ屋である実家を「古いたたずまいの家」に撮って頂き、カメラマンの滝沢美穂子さんに感謝だ! 

記事は私の話の内容から松尾さんが汲み取って下さった、あるいは印象に残った言葉への思いや感想なのだから、私がアレコレ言う筋には無い。 取材中、彼女の鋭い突っ込みやこのHPを隅々まで読んで下さっていた事に「さすがはプロだなぁ〜。頭が良いんだなぁ〜」と何度も感心させられた。次回、どのような切り口で料理やおもてなしへ持って行ってくれるのか… 楽しみだ。

 

◆ 炉開き / 2006.  10.  29

今日、実家で「炉開きの茶事」を行なった。もっとも茶室も露地も持たない我が家なので… 正式に「茶事」とは言い難く、学芸会的な稽古茶事だ。(笑)  風炉、炉の季節にそれぞれせめて一回は「茶事」をしましょうね。と約束はしているものの、今年は教室の引越しに始まり、新聞掲載による東京教室の日程の追加など、何やら慌しく目先の雑事に追われて、約束の「茶事」を行なうゆとりが全く無かった。

このままでは、私は嘘つき!になる。。。 通常は11月に入って行なうべき「炉開き」を、前倒しして「茶事」というスタイルで行なった訳だ。 本来、日々のお稽古はこの「茶事」をスムーズに行なう為に修練している。 料理、お炭、濃茶、薄茶・・・ 茶室という一つの空間の中で、客と亭主が共に時を過ごして共に楽しむのが「茶事」だ。「茶事」を体験、経験しないかぎり、本当の「茶の湯」の楽しみは理解できないだろう、と思う。

「亭主、八分の喜び」とは良く言ったもので、確かに「茶事」を行なうと言い知れぬ達成感のようなものがある。 ご馳走をよばれ、お茶を頂き、半日ゆっくりと遊ばせてもらう客よりも、アレコレ思い悩み苦労する亭主の方が喜びが大きいとは、どういう事か? 招いた客をどのように楽しませようか、また驚かせようか、と色々思案する。 客は“これ”を解ってくれるだろうか? そのサプライズに必要となるのが“茶道具”である。 茶道を支えているのはその精神だけでは決して無い。 茶道を支えてきたのは道具だ。 自分がコレクションした道具を披露し、客がそれを理解し喜んでくれるだろうか? おめかしをしてデートをする心境と似ている。彼はこの服に気付いて素敵だ、と褒めてくれるだろか? まさにそういった気持ちだ。 悲しいかな、その主役が我が家には無い。それでも皆「茶事」がしたい、して欲しい、と仰って下さる。 何と有難いことか。。。

今回、亭主をしてくれた人も客になった人も、皆、口々に「勉強になった」と喜んでくださったが、毎回、一番勉強させられるのはこの私だ。。。皆に「こんな事も伝わってなかった。あんな事も理解してもらえてなかった。」自分自身の指導力の未熟さがはっきりするのが「茶事」だ。その為にも、やはり「茶事」は必要で、やればやるだけの成果は得られるものだ。。。皆さん、お疲れ様でした!

 

◆ 巣鴨と田園調布 / 2006.  10.  5

今日は東京教室の中休み… 前回の教室の折、“9日間ぶっ通し”がかなりハードだった為、今回は会場であるトマトの日程にも、私達のスケジュールにも少しゆとりがあることから、一週間を終えたところで休日をとった。

さてさて、この貴重な休日をどう過ごすか…? あいにく、お天気は雨模様だ。
実は、神戸を出る前から母に「巣鴨へ連れて行ってあげる」と約束していたのだが、上京直前に俄かにこの日の夕方、田園調布にある生徒さんのお宅へ伺う用事が出来てしまった。。。 お天気もパッとしないし、午前中は家で休養、夕方からゆっくり出かけるか…? いや、次回の冬の教室の時は時間にゆとりが無いから、やっぱり予定通り巣鴨へ行こう〜!

巣鴨を訪れるのは、二度目。前回は去年の夏だった。 ご存知“おばあちゃんの原宿”と呼ばれる街だが… 昨年、テレビで見るあの光景を期待して行ったら、あれは、お地蔵さんのお祭りである「4のつく日」の賑わいであり、普段はかなり静かな様子である事がわかった。今日は5日、オシイ? 妹は今回が初めてで… 半分がっかり、半分安堵した様子で、まずは揃って刺抜き地蔵にお参りをした。

私達が巣鴨を訪れる目的はただ一つ。。。 マル治さんという衣料品店でシルクのインナーウェアを買うためだ。 シルクの肌着が激安!だ。それもちゃんとしたメーカーのものが。 このお店を教えてくれたのは、神戸の生徒さんOさん。一年分の下着を買い込んでくるのだと、笑いながら恥ずかしそうに教えて下さったのだ。 このお店、確かに笑える。不思議な魅力を持っている。 安い!のに心斎橋の激安ショップのような品の悪さが無い。 ここで物を買う事を恥ずかしいとは決して思わない。一見、ガツガツとした安売り店のようなのに、店員さんもすごく親切で礼儀正しく、言葉使いも丁寧だ。 何かホワっとした温かみを感じる。。。(笑) 年配の方々が皆さん数人単位での団体行動をしておられる中、私達三人は、蜘蛛の子を散らしたようにそれぞれ思い思いの目的の場所へと向かい、好き勝手に自分の買い物をする。。。ああ、嫌だ! いかにも関西人かも。。。

巣鴨という街も面白い! タイムスリップしてしまったようなレトロ感。 うーん、関西で言うと「石切神社」の雰囲気に近いだろうか? 確かに年配の方向けの衣料品、雑貨店が多く立ち並び、昔懐かしい雰囲気の食堂や海産物店、お煎餅屋さんが並ぶ。 中には家具屋さんや文具店、八百屋もあり観光の為だけの“商店街”でもないようだ。。。 昼食をとり名物「豆塩大福」を買ってトマトへ戻った。

熱いお茶を入れ「大福」で一服。 ホッとする。。。 さぁ、次は田園調布へ!
日本で一番有名な“高級住宅地” トマトのある「学芸大学」からは横浜寄りへ3つ目である。およそご縁の無い土地だが、《土楽》さんや《ローザ》 駅前の《メゾン・カイザー》にはよくよくお世話になっている。FAXで頂いた地図を頼りにお家へと向った。 はじめての所だが、全く迷うことなくすぐにKさんのお家へ着いた。天下の田園調布駅から徒歩3分! なんと素晴らしい〜!

Kさんは、今年になってからの生徒さんだが、今やすっかりメル友状態・・・ 某会社会長夫人であり自らもレストランを経営する社長でもある。 本来なら私がおいそれと物を言える方ではない。が、まるで旧知の仲、姉のような親しみを感じ、もの凄〜く気さくな方だ。 今日突然、Kさんのお宅にお邪魔をする事となった理由は、またいずれ、ゆっくりと書くとして・・・  風通しの良い、晴れていたらきっととても日当りの良い開放的なリビングダイニング。さすがにプロ仕様の使い勝手の良さそうなキッチン。 ”飲んべぇ”だからこれだけは…と仰るホームバーも、Kさんらしい・・・(笑) ご夫妻と息子さん一家、娘さん一家の3世帯住宅? それぞれ別々の玄関を持ち、それぞれの生活を大切にしながら仲良く住まわれている事にも感動した。 次回は是非、お天気の良い日に、ご自慢の40坪の屋上に上がらせて下さいね。 

巣鴨と田園調布・・・ あまりにも毛色の違う街を訪れた実に楽しい休日だった。

 

◆ 東京和菓子教室〜秋 / 2006.  9.  28 〜 10.  8

【朝の電話  9 / 30】
教室の朝、電話が鳴るとドキッとする。 朝の電話はたいがい“当日キャンセル”の連絡である事が多いからだ。 教室が始まって3日目で既に3名・・・ 1日平均一人? 今までも6日間の開催で平均4、5人のいわゆる“ドタキャン”があった。 東京教室での私の悩みの一つである。。。
その日の朝のお電話では、“キャンセル待ち”でお申し込みいただいている方々に連絡の仕様がない。 もっとも当日にキャンセルをなさる方も、やむを得ぬ事情が発生した為で、急病か急用か…、またはギリギリまで調整して仕方なく…と、どうしても連絡が当日になる訳だ。 そのお気持ちは充分に理解できる! ただ私としては、双方の方々に申し訳なく、残念でもある。


【西と東の気質? 10 / 2】
今秋のお菓子は《秋の山みち》と《光琳菊》だ。 《山みち》はこなし製の棹もので、いかにも和菓子らしい表情の細工菓子。 《光琳菊》は道明寺製で、計量も含めて20分ほどで完成する簡単で美味しいお菓子。神戸では復習率 No.1の人気のお菓子だ。

教室では、ご自宅ですぐに復習して頂けるように「材料」をお分けしている。 道明寺製のお菓子は先月の神戸の教室でリピーターが続出した為、こちらでもきっと《光琳菊》の方に人気集中だろうと予想していた。 ところが、東京は解せない! 「確かに簡単だけど、こっち(山みち)の方が楽しくて面白い〜」と、以外にも《山みち》の「材料」を買い求める方が多いではないか。。。 関西なら絶対「光琳菊」の材料しか売れていないところだ。(笑)

毎回、西と東と・・・ その文化や歴史、好みや習慣の違いに驚かされるが、今回は、生徒さん自身の気質の違いに改めて面白いなぁ〜と感心した。


【ダブルブッキング 10 / 3】
今日の午後のお教室、参加者は7名の予定だった。 ところが私の不手際によるダブルブッキングで2名増えて、9名での開催となってしまった。 通常は三人1チームの2組で実習を行なうところを、3組での実習となり、ただでさえ狭い場所なのに… 皆さんに多大なご迷惑をお掛けしてしまった。

冷や汗が流れ…一番焦ったのは私だが、蒸し器やボールや食器の追加など、妹と母にも慌しい思いをさせた。 もちろん、ご参加の皆さんには何度も謝ったが、皆さん「大丈夫です。出来ますよ。」と気持ち良く和やかに実習して下さった。 感謝!の一言だ。。。皆さんのご理解とご協力に救われた日だった。 本当に申し訳ありませんでした。 以後、重々注意します。


【月見団子 10 / 6】
心配していた台風の直撃は免れたが、もの凄い雨風で、まるで台風並みの最悪のお天気となった。が、皆さん(交通事情により1名だけご欠席)その風雨をものともせずに、 お教室にご参加下さった。 特に午後には下田市やさいたま市からの遠方組もおられた。 本当に有難いことと感謝している。 松島先生ご夫妻も、叔母も、5時と同時に状況を心配して電話をくださった。 これまた、有難いことだ。

今日は仲秋の名月。残念ながらお月様は見えそうも無いが「月見団子」を買った。上京した時からスーパーでもお菓子屋さんの店頭にもその可愛い姿を見つけ、気に掛かっていた。(笑)

東京の生徒さんからもご指摘があったが、これまた西と東のお菓子の違い。。。 関西の「月見団子」には餡を巻いたものが目に付く。 こちらのものには、餡は無く、必ず1つ黄色い団子が付いている。 「この黄色いお団子の意味は何ですか?」とお店で尋ねたところ「お月様です」という返事だった。お供えする「団子」の頂きに、すでに月を納めてあるのだ。(笑) 生徒さんの話によるとあの小さな団子の中に餡がある。とのことだったので、どんなに小さい中餡なのかと期待したが、私の求めたものには餡は入っていなかった。

感心したのは、団子の数がちゃんと13個か15個で売られていることだ。“お供え”としての色が濃く残っている。 関西の餡を巻いた“衣かつぎ”のような団子は、“お菓子”として売りやすくする為に菓子業界で作り上げたものだと聞いている。 さすが、関西らしい発想だと思う。

◆ ロオジエ / 2006.  9.  28

東京教室の初日だった今日… 教室終了後、生徒さんであるNさんにお誘いを受けて、銀座の「ロオジエ」(資生堂の経営するレストラン)に食事に出かけた。 久々の正統派フレンチだ。 以前から一度は伺ってみたいと思いながら、その機会に恵まれなかった。 昨年、シェフがジャック・ポリー氏からブルーノ・メナール氏に交代し、話題になったことは記憶に新しい。 

日本一のフランス料理とサービスを謳う「ロオジエ」。 席に案内されて納得! 見渡せばお客よりサービスの人の数の方が多いのではないかな?・・・ 店内の雰囲気は「うーん、私は資生堂パーラーの方が好きかも・・・(ゴメンナサイ)」というのが正直なところで、思った程広い空間ではなかった。 ただやはり、重厚感もありモダンであり洗練された素敵なお店であることは確かだ。

まずはシャンパンで乾杯!これには感心するくらい小さなキッシュが添えられ… 前菜2品、スープ、メイン2品、デザート、プチフールのフルコース“市場のディネ”をいただくことになった。 途中でお料理の写真撮影をお尋ねしたら、他のお客様のご迷惑にならないように厨房を出る前にサービスの方が撮って下さるとのことだった。 そこで、この際…とカメラを預けお願いすることにした。

        

サービスの皆さんは、私達のような“オノボリさん”的な客にも慣れておられるのだろう。 バカにする訳でなくモチアゲル訳でなく、評判通り心地良いサービスを受けた。 母などは「大奥様」と呼ばれ、私と妹は顔を見合わせてニンマリ笑った。。。 その母は、お料理も然ることながら磨き上げられた食器にえらく感激していた。

さぁ…、これで今日から10日間、しっかり頑張ります!! 

◆ イノダ・コーヒー / 2006.  9.  17

今朝は4時半起床!昨晩作った「注文のお菓子」をお届けする為に、京都まで高速を飛ばした。M先生にお菓子のご注文を頂くのは今年に入ってから二度目になる。京都には、名だたる京菓子店が数知れずあるのに… 私のような素人同然のお菓子を大事なお茶会にお使いいただいて良いのだろうかと、大変、光栄で有難くもあり…、少々、不安でもある。

一席目が午前8時との事、「お届けは7時でもよろしいでしょうか?」 6時45分には、会場である清浄華院へ無事にお届け完了! 早朝より皆さんお着物で、準備にお忙しいご様子だった。M先生にご挨拶をして早々に失礼した。

ちょうど向いの「梨木神社」に“萩まつり”の文字が見えた。 「梨木神社」は学園生にとっては忘れることの出来ない場所だ。 授業でのお茶事の折の水は必ずここの“染の井”のお水を分けて頂いた。小西先生の懐石料理も何度かここで習った。 懐かしい場所である。 その“染の井”のお水を使わせてもらい、早朝のヒンヤリとした空気に包まれたお宮さんにお参りをした。

午前7時過ぎ、朝食は《イノダ》でモーニングを!と、楽しみに出かけて来た。 火災後はもちろん初めてだし、思えば朝食も初めて… とにかく、本店を訪れるのは京都に居た時以来だから、二十数年ぶりだった。 7時15分、店内に足を入れて驚いた! 朝の7時過ぎにに満席だ! 開店は7時だから15分出遅れたようだ。

店内に案内され面白いことに気付く。 お客さんは地元のお年寄りの方々と、観光客に二分される。 地元の方々は皆、常連さん。皆さんお顔見知りのようでそれぞれに「おはようございます」と挨拶を交わし、案内も無くご自身の指定席?に着く。注文もしない様子なのに勝手にコーヒーが運ばれてくる。 観光客は皆、一様に「京の朝食」を注文している。。。 会計を済ませ、8時ごろ表に出てもっと驚いた。 外の道まで続く長蛇の列ができていた。 恐るべし“京都”である。

《イノダ・コーヒー》を神戸に置き換えるなら《にしむら珈琲》だろうなぁ〜。《にしむら珈琲》も早朝からあのように、混み合っているのだろうか・・・ 「日本一、喫茶店の多い街」の代表として、お洒落なおじいちゃん、おばあちゃん達で、是非とも混み合っていて欲しいと思った。

 

◆ コスモポリタン / 2006.  9.  11

今日、買い物から戻った妹が「コスモポリタンが無くなってたん、知ってた?」と第一声。「ええ〜、コスモポリタンって、チョコレートの? こないだまで営業してたやん…」 「それが、8月15日を以って閉店だって。」 「うっそ〜」  と、早速にネットで検索してみた。 確かに、『80年の歴史に幕。廃業。』とあった。

そういえば、私達も同じ町内に引っ越して来ているのに、一度もお店に入らなかった。 子供の頃は、「オーキーズ(クランチ・チョコボール)のホワイトチョコ」が大好きだったのに… 人間の心理とは不思議なもので、無い!あるいは無くなる!となれば、行っておけば良かった。行っておこう。と思うものだ。 今年は殊の外、暑く… アーケードの下か地下道を通ってばかりいて、コスモポリタンの前の道を全く通ることが無かった。 それにしても一ヶ月も知らずにいたとは。。。

神戸の老舗がまた一つ姿を消した事は、残念に思う。
きれいな白髪をいつもキチンと結い上げて、スーツを着た大柄なロシア人のマダムが必ず店内にいた。子供心に少し怖かった印象がある。大好きな「オーキーズ」は量り売りで、いつもホワイトチョコに少しだけミルクチョコのものを混ぜてもらった。最後にポイ!と一つオマケしてくれるのが、とても嬉しかった。 

もっとも、私にこんな贅沢(笑)をさせてくれるのは、母ではなく「中村ねえちゃん」と呼んでいた女性である。 今にして思えば、彼女が「チョコレート好き」だったのだ。 親戚の人がアメリカにいるとの事で、ハーシーズの板チョコやキスチョコ、そうそうSee'sのチョコレートが多分まだ日本に紹介されていない頃に食べさせてもらったり、一番館の青りんごも彼女がおやつにくれた。そしてコスモポリタンにもよく通った。。。 コスモポリタンの思い出は彼女との思い出だ。 今、生きて元気にいたらこの事実を何と言っただろう。

以前にも書いたが、東京という所は不思議なところで、こうした老舗と新進気鋭のショコラティエやパティシエたち、ヨーロッパからの舶来ものたちが見事に共存共生している。 が、関西は見事に前者が衰退していくように思える。全てがすべてではないが、かなりの確率で老舗が倒れれていく方が多いのではないか。 変な例えだが、かつて「コトブキ」というケーキのチェーン店が、どこの駅前にもあった。鈴蘭台の駅前にもあった。が、いつの頃からか姿を消した。ところが、川崎の伯母の住んでいる東急東横線の元住吉の駅前にはいまだ健在なのだ。。。

街を歩いていて(申し訳ないけれど)「関西ならとっくにつぶれているだろうな〜」と思う店に何軒も出会う。関西の客が薄情で飽きっぽいのか。東京の店舗が我慢強いのか。 知らなかった事とはいえ、コスモポリタンの廃業はショックだった。

 

◆ 秋の声 / 2006.  9.  8

今日の「おもてなし料理」のお教室の折、古くからの生徒さんであるTさんに思いもかけぬ“プレゼント”を頂いた。。。《鈴虫》だ。 「先生達は、都会のど真ん中で生活されるようになったから、虫の音なんて聞けないでしょう。。。」と、ニコニコと実に嬉しそうに虫かごを手渡して下さった。

そうそう、確かに去年までは駐車場からマンションまで歩く5分ほどの間、かなりの大音響の様々な虫の音に包まれながら自宅に戻り、部屋に入ってなお耳に残るような… 自然に恵まれた豊かな秋を過ごしていた。 先日、実家の庭からも虫の音が聞こえ、日中の残暑は厳しくても確実に季節は巡り、秋は近づいて来ているのだ。月も日にちも分からない虫たちなのに生き物は偉いね。と、話したところだった。

何より有難いのは、Tさんのお気持ちだ。 こういうプレゼントは“気持ち”が無ければ出来ないものだと思う。(最もプレゼントというのは、“気持ち=思い”が込められてこそのものだが…) マイカーならともかく、三木から遠路バスでお越し下さるTさんが鳴く虫をかかえて来て下さったのだ。本当にありがとうございます。大事に、楽しませてもらいますね。

夜、《鈴虫》たちは一層すんだ高い大きな声で、一晩中、元気に鳴いていた。 そういえば、ベランダからの月見も良かったのになぁ〜と、スクリーンを巻き上げ外を眺めて見ると… 朝日ホールの横に輝く月があった。 月は何処も平等に美しい。。。 

◆ 戸惑いと反省と… / 2006.  9.  3

今月28日からの《東京和菓子教室》の申し込み受付を、8月25日に一斉に開始した。
このような形態を取るのは、もちろん初めての事だ。 今までは「申し込み 随時」で、たいがいご参加下さった方々が、次回の参加日を申し込んで帰って下さり、その隙間に新しい方々にお入り頂くという“のんびり”したものだった。

4月に朝日新聞に取り上げて頂き、お蔭さまで6月教室は参加者が倍増。その方々が全てリピーターとして教室に通って下さる訳では無い。が、何人かはお続け下さるだろう…。6月は13日間26クラス行なった。はてさて今後どうしたものか・・・。今年あと2回ある《東京教室》を10日間20クラスに決めた。

6月教室の折に皆さん「次回の申し込みは?」と尋ねて下さった。と同時に「申し込みには公平を期して欲しい」=これは古い生徒さんからのご意見で、初日に参加すれば次回全ての日程の中から好きに選べるが、最終日に参加したら残った日程の中からしか選べない。との事だった。確かに仰せの通り! 「8月は留守にする事が多いので、お知らせ(ご案内)から申し込みまでに日にちを空けて欲しい」というご意見も多かった。=確かに、案内の葉書が届いた時に不在であれば”出遅れる”可能性はある。これまた納得だ!

素直(?)な私は、皆さんのご意見をそのまま受け入れた。(笑) 6月に教室での受付をせず、8月の初めに「ご案内」の葉書をお出しし、25日に先着順での一斉受付にしたのだ。 25日、夜中0時とともにFAXが鳴った。年間予約の方々を除き第一号だ。 翌朝は5時半からFAXが鳴り出した。当然、一日中何も手につかなかった。 お蔭さまで、29日には20クラスが全て満席となった。

今回の申し込み方法については、色々なお教室の申し込み受付方法を参考にさせてもらって検討したつもりだった。幸いにも、無理な調整も無く、ほぼ皆さんの希望日のままで上手く満席になった。が… やはり反省点は多々ある。

まずは、ご案内から受付までの日にちを空けすぎたのか、葉書をなくしたり忘れてしまったり…という方もおられたようだ。 日にちを限定して先着順にしてしまうと、お勤めの方々にはかなりご迷惑な話だったようだ。出勤途中の駅から携帯電話でのお申し込み、コンビニや会社からのFAX、お昼休みと同時に携帯から…という方も多かった。 また、25日から今日までお申し込みが無いままの…熱心な古い生徒さんたちも数名おられる。多分今まで通りに締め切りの頃にお電話があるか、あるいは、HPをご覧下さり満席を知って諦められたか、であろうと思う。

一体、「皆さんに公平」とは、どういった方法なのだろうか… 
わずか4日で、20クラスが満席となったことに感謝しつつ、今までずっと「のんびり&しっかり」私を支えてきて下さった皆さんに何やら申し訳ない気がしてならない。

それにしても、東京のエネルギーはすごい!新聞掲載時の電話の数にも驚いたが、神戸では逆立ちしても120名が満席になることは無い。。。勿論、人口も多いのだが、東京のカルチャー意識、イベント参加意欲には、底知れぬパワーを感じる。

 

◆ 今年の神戸梨 / 2006.  8.  26

今月の「お気に入り」に《三水園の神戸梨》を挙げた。そこにも書いたが、なし園が開かれるのは、8月初めから9月の下旬ごろまでだ。狙いはお盆過ぎから8月いっぱい・・・だ。“今年は日照りが良く、どんなにか甘いことだろう”と、大きな期待をしていた。

お盆前、なし園に電話を入れて早々に予約(いつも前日に大量をお願いして叱られるので)をしておこう。としたのだが「幸水はお盆過ぎになりますから、また、その頃お電話下さい」と、商売気のないお返事。「まぁ、いいか。どうせ、取りに行くのだから、例によって2〜3日前に電話しよう」と、不思議に思いながら電話を切った。

そして先日、改めてお願いしようと再び電話を入れたら、「今年は、梨がありません」と仰るではないか・・・ 「ええ〜っ。先週、お電話したときは何も仰らなかったじゃありませんか〜。」とにかく、“ものが無い”の一点張り! 納得のいかない母と私は、直になし園に向かった。

確かに無い!! いつもなら発送の箱が山積みされ、箱詰めやカゴ詰めのものが並び、良品(自宅用)のカゴ盛りが甘い香りを漂わせているのに、その良品のカゴが数個あるだけ・・・「本当に、無いんですね…」 「私達も長くこちらに通っているけど、こんな年ははじめてですね」 「僕らもはじめてです・・・」と、若い男の子。 仕方なく、その日は「取りあえずのお願い(予約)」をして、かろうじて詰めて下さった1箱と良品を頂いて帰った。

今年は、梅雨が長かった為に“葉ダニ”が出て木が枯れてしまった事と、一昨年の台風の折の塩害で種がダメになった事、8月に入ってからは殆ど雨らしい雨が降らず、実が大きくならなかった事が原因らしい。。。そういえば、ヨーロッパも雨が足りず梨や栗の実が大きく実らない被害が出ていると聞いた。。。

天候に左右される自然の生り物はつくづく大変だなぁ〜と、思った。そうして苦労して作って頂いたものを「今年は甘い♪ 今年はイマイチ…」などと贅沢を言っている場合では無い。と反省した。 また、品薄状態にも拘らず、価格をつり上げることもなく、相変わらず良心的な三水園さんに感謝。 「どうにか、揃いました」とお電話を頂き、閉園ギリギリに取りに伺った昨日… 空はすっかり秋模様だった。

 

◆ 同病、相哀れむ…? / 2006.  8.  24

お詫びと反省を込めて、「ギックリ腰」のことをこのコーナーに掲載した為、皆様が知るところとなり有難いことにあちらこちらから、お見舞いのメールをいただいた。皆様、ご心配、ご迷惑をお掛けしてすみません。ありがとうございました。・・・で、「ギックリ腰のその後…」とでも題して、ご報告(笑)をと思っていた今日この頃・・・

今夜、ずっと音信不通にしていた広島の親友に、ようやく電話をかけた。(彼女からは、時折、葉書やメールをもらうのに、私ときたら全く返信もせず、ずっとご無沙汰を重ねていた。何という無礼者!)彼女なら、どんなに音沙汰しなくとも、会えば、話せば、いつでも理解してもらえるような身勝手な甘えがあるのだ。

「元気ぃ?」と聞くと「元気は元気なんだけど…」と、声が沈んだ。「どうしたん?」と尋ねる私に「3日前にギックリ腰・・・」と、彼女。 もう、そこからは大笑いの大盛り上がり! 「何で二人揃ってこの時期にねぇ〜(大笑)」 笑い事では無い! 彼女も接骨院で《運動不足》を指摘されたそうだ。

で、会話はお互いの体調〜体力の低下、つまりは「歳」に終始し「ああ、嫌だ!嫌だ!こんな会話」と言いつつ、かつては「お互いに頑張ろうねぇ」で終った電話が「お互いに気をつけようねぇ」と、締めくくられた。何だか情けなくもあり、同病人を見つけて安堵、納得したりして・・・

お蔭様で私は、翌日の火曜日にはHPの更新(椅子に座る)もして、水曜日にはお稽古(お茶で正座も出来たし、11日の金曜日には料理教室もこなせた。12日のお墓参りにも自分で運転して行く事が出来たし、先週の和菓子教室も通常通り、大丈夫だった。が、やはり元々悪い右の腰の重たい感じの痛みが取れずにいる。すっきりしないので、先週の土曜、雅也子先生に診て頂き再度注射を受けた。“日にち薬”とのこと痛みが抜けたら《運動》をするように!との事だった。

はい、はい。。。了解! 言われずとも、今回は懲りました。まさに「体が資本」を実感したこの夏だった。秋からは、《筋トレ》するぞぉ〜。???ホント???

 

◆ 終戦記念日と精霊送り / 2006.  8.  15

8月15日は、やはり何故か切ない。。。
終戦記念日であるこの日の正午には、戦没者慰霊の式典の映像が流れ、高校球児達でさえも黙祷を捧げる。
私も出来る限り正午には手を合わせるように心がけている。今、私達がこうして平和に暢気に豊かな生活ができるのは、やっぱり、戦争で犠牲になられた方々のお蔭だろう。

広島、長崎の原爆の日も、今日の終戦記念日も暑い。焦げ付くように暑い。この暑さと飢えと恐怖と… 私には想像もつかないことだが61年前のこの日は、日本の国民にとってどのような一日だったのだろう。必死に生きた人々は現代のこの病んだ日本をどう思われるだろう。。。

また今日は、13日に迎えた祖先の御霊をお送りする日でもある。戦争で大切な家族を喪った人々は、戦争中あるいは戦後まもなくは一体どのような気持ちで、皆、この「お盆」の行事を行なったのだろう。。。

我が家も父を送る為に夕方には全員、実家に集合。早、今年で4回目のこととなる。。。 祖父がいた頃からの行事ではあるが、顔も知らないご先祖様を送る当時と、父を送る今では、申し訳ないが感じ方がまるで違う。《終戦》と《精霊送り》が重なる夏の暑い暑いこの日は、毎年、なぜか切ない。。。

 

◆ 不覚にも…ギックリ腰 / 2006.  8.  8

昨日の朝、食器を片付けるために、少しテーブルを動かそうとしてテーブルの足の部分を持った途端、背中がバキッっと鳴った。 えぇ〜まさか? ああ…やってしまった! ギックリ腰だ! 「クンちゃん」と叫び妹を呼んで、そのまま床に伏した。。。 しばしそのまま。。。 這うようにベッドへ転がり込んだが、まともに上を向けないくらい痛い!!

昨日は、このビルの防災訓練の日で、今日の教室の為の準備もあり、朝から張り切っていた? 訓練には妹一人に行ってもらい、冷や汗を流しながら手先、足先を動かす事からはじめた。ギックリ腰は多分3回目。。。 前にやったのは、もう十年くらい前のことかも。

慣れているとは言いたくないが、今回のは、私にとってはちょっぴり重症だと自分でわかった。 訓練から戻った妹にシップ薬を買ってきて張ってもらい、今日の生徒さん達に教室の振り替えのお願いと、山形の友人に約束していたお菓子の発送のキャンセルの電話を頼んだ。父が亡くなった時に初釜をキャンセルした以外、私が私の事情で教室をドタキャンするのははじめてだ。楽しみにして下さっていた方々には本当にご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ないです。

同時に、木村雅也子先生にメールでご相談。。。「動かない方が良いのか、受診して早く動けるようにして頂くか」 迷ったが、後者を選んだ! 妹に付き添ってもらって友人の車で木村整形外科へ。雅也子先生が詳細を連絡してくれていたのだろう… ご主人である一雄先生は、もうすでに様々な事情をご存知で、話はとても早かった。痛み止めの注射をしてコルセットを巻いてもらって、何だかとても見っともない情けない姿で帰宅した。行くときは、背中も膝も伸ばせず老婆のような格好で出かけたのだから… まだ、ましか・・・

お蔭様で、昨日の今ごろはベッドでうなっていたのに… 上半身を右斜め前に傾けてしか歩けなかったのに… 今日は少々痛みは残るものの、朝起きて、普段通り?の生活が出来ている。昨日ギックリ腰をやった人とは思えない… 凄い回復だ!と思う。 木村先生ご夫妻はじめ妹、友人のお蔭だ。。。

実は、先月末の休みに自宅の部屋の模様替え(配置替え)をした。そして一昨日は教室の方の配置替えをした。自分の歳を顧みず、普段の運動不足を棚に上げ、きっと無理な動きをしていたのだろう。

実は自分の体力の衰えには自覚があり、腹筋など70歳の母にも劣る有様だった。私の生活は教室で立ちっぱなしか、お茶で座りっぱなしか、こうして机に向かって長時間椅子に座るか…で、体の背面の縮みは相当なものだ。ストレッチあるいは筋力トレーニングをやらなければ…今に大変な事になるぞ!と、ずっと気になりながらサボってばかりいるから、とうとう天罰が、警告が出たのだと思う。 ご迷惑をおかけした皆様、本当にごめんなさい。

 

◆ 花火大会 / 2006.  8.  5

今日は神戸の花火大会だった。朝から浴衣を着た若いカップルが街にあふれ… 午後にはヘリコプターが飛び、それらしいムードが漂ってきた。 神戸祭り同様に、ここ何年も花火大会にも参加?した事がない。風に乗って届く音に「ああ、今日は花火か…」と、思う程度だった。

が…今年は違う! ここから花火が見えるだろうか? 花火はどの方向に上がるのだろうか?と興味津々。母も昼間の教室に間に合うようにやって来て、皆さんにご挨拶。 そしてそのまま待機。早めに夕食をとり、シャワーをして…いざ、花火待ち。 8時からかと思っていたら、7時半に音が聞こえ始めて早々に番狂わせ?(笑)

見えた!見えた! ちょうど、NTTの鉄塔(写真右)と朝日ホールの間から低めのものが“カケラ”のように見えました。 自宅から、これだけ見れれば上出来!と自己満足。。。途中、NTTの鉄塔のライトも消され、きれいな色も形もはっきり見えました♪

30分ほど、ワァ〜ワァ〜言いながら見物したら… さすが!わがママちゃん(我が母の愛称) 「納得したから、もう帰る」。。。 「本物、見がてら駅まで送って」との事。 はぁ〜。 そうね、すぐそこだし間近で見てみるか、と母を送りながら家を出た。

街は蒸し暑く、何せ凄い人! 花火大会でこれなら「ルミナリエ」は怖いね。などと話ながら港へ向かった。老いも若きも浴衣姿の人が目立った。男性の浴衣もかなり多いのに驚いた。

以前にも書いたが、浴衣は「湯あがり着」あるいは「寝巻き」であって、決して公の場所へ着て出るべきではない!と、私個人的には今もそう思っている。ただ、そんな化石のような意見は今や通用するはずもなく、浴衣を着る!ことはファッションの一つなのだと認めざるを得ない。こうなったからには、ブームではなく夏のお洒落着として定着して欲しいと願う。

 

◆ ありがた迷惑 / 2006.  8.  3

実は先月の26日から、“メールの送信”が出来なくなって困っていた。同じメールのサーバを通っているはずなのに、“受信”はできて“送信”のみが出来ない。。。「私、また変なところを触ったかな?(笑)」と、ヴォルテックへすぐに電話をした。先方の指示通り、操作したがやはり“送信出来ない。仕方なく、週明けヴォルテックにパソコンを持参し、見てもらったが異常なし! 「ここは、環境が違うので何とも言えませんが…」と私、担当?のFさん。

その日、持ち帰ったパソコンから早速“送信”してみたが、やはり行かない。「なんで〜。これだから機械は嫌い!」と、翌火曜日にまたまたヴォルテックへ。Fさんも「昨日と全く同じ状況で、パソコンに問題はありません」と困った顔… 「多分、環境のせいだと思うので、私が自宅からやってみます。一日、お預かりさせて下さい。」という事で… 連日ヴォルテックに通った私は自分のパソコンをFさん任せにして、両日のんきに社長室で《台湾茶》をご馳走になりながら、お茶談義をしただけだった。

昨日頂いた連絡でもFさんの自宅からも問題は無い!ので、やはり、うちの環境に問題があるのでは?という事だった。そして今朝「解りました。プロバイダーに問題がありました。」とのお電話を頂き、午後、社長自らが私のパソコンを返しにやって来てくれて… 詳しく説明を受けた。

Outbound Port 25 B」という迷惑メールを削除する規制にひっかかっていたそうだ。 つまり、私の契約しているプロバイダーのネットワークからは迷惑メールを出さない!という「サービス」の一環なのだそうだ。私はプロバイダーの用意したメールサーバを使わずにヴォルテックさんのメールサーバを使わせてもらっているので、今回の規制にひっかかった訳だ。一方的に「サービス」と言われても、私のように逆に困った人も大勢おられる事と思う。これをクリアする方法も教えて頂き、プロバイダーを変える必要もなく“送信”が可能となった。

こうして、何かがあるとすぐにヴォルテックさん任せだから、 いつまで経ってもパソコンが理解できないのだろう。。。

 

◆ 畳と着物と / 2006.  8.  2

今日は今月最初のお茶のお稽古日だった。1月と8月は「お休み」をなさる先生が多い中で、私の師匠も、あるいは父も「夏には夏のお稽古がある」と、暑い中、決して「お休み」をする先生ではなかった。したがって、うちでは今も皆さん、この暑い最中をお稽古に通って下さっている。(笑)本当に、有難いことだと感謝している。

私は通常、自宅のお稽古であっても、よほどの事が無い限り着物を着ることにしている。そうしないと何だか落ち着かない。。。 自身に先生としての貫禄が出ないというか、何かをサボっているような気になる。(苦笑) 

今日は午前中、どうしても所用があって出かけなければならず、この猛暑も手伝って着物を着ることを諦めた。すると、どうだろう・・・ 夕方ごろには、足が痛い! 痛いといっても「シビレ」ではなく、「足の甲」「膝小僧の部分の骨」というか、畳への接着面が確かに痛い。よく社中さんが「しびれた」のではなく「痛い」と仰るのは、これだ!とはじめて気付いた。

私は普段、着物がクッションになっていて、この「痛さ」を感じた事が無かったのだ。。。正座をする、いや、正座をしていた日本の生活には着物という衣装が、自然に体を優しく保護しているのだと改めて思った。 長時間の正座を要するお稽古には、やっぱり着物を着るべし!

 

◆ 日牟禮ヴィレッジ / 2006.  7.  24

今月は東京のお教室がない為、先週の和菓子教室を最後にちょっと早めの夏休みといったところだ。溜まっているこのHPの更新を一気にすすめようとしている。(笑)

そして今日は、所用があって滋賀県へと久々のドライブをした。さすが、晴れ女を自負する私達、曇り空の下を出発したが途中、薄日が差すほどにお天気も回復した。せっかくここまで来たのだから…と、近江八幡の《たねや》さんまで、足を延ばすことにした。《たねや》さん本店より、むしろ洋菓子部門《CLUB HARIE》を併設する日牟禮ヴィレッジへと行き先を決めた。

確かによくよくイラストを見れば、八幡さまの鳥居の中に描かれている《たねや》グループ日牟禮ヴィレッジだが、実際には、鳥居をくぐりお堀を渡り、まさかお宮さんの杜の中にあのような形で店舗が広がっているとは想像し難く、通り過ぎてしまった。(笑) 当然の事ながら《たねや 日牟禮の舎》と《CLUB HARIE》は、全く趣きの異なる建物で… 八幡さまの杜を其々に上手に設計してあるものだと、つくづく感心した。

《たねや》の全商品を揃え、季節の甘味が味わえるとの事だったが、ここはやはり…この場所でしか味わえない《CLUB HARIE》のカフェに軍配が上がった。お目当ての「焼きたてバームクーヘン」は既に完売していたので、季節限定のお奨めデセールを頂いた。

《たねや》さんは、東も西もデパ地下の和菓子部門の売り上げNo.1のお店! つまりは、売り上げ日本一を誇る和菓子屋さんだ。 商品の品質の良さはもちろんだろうが、パッケージデザインやネーミングのセンスの良さ、演出の面白さ、価格… 企業にしか出来ない事をいち早く次々と展開してゆく姿勢は、本当に素晴らしいと思う。土曜、日曜ともなれば各地からお客様がこの地を訪れ、八幡さまの駐車場まで満車となる!というお話もうなづける。

で・・・、このまま満足して帰路については、八幡さまに失礼だろう。《たねや》さんや《CLUB HARIE》周辺の賑わいとは別の時間が流れているようにさえ感じられる、日牟禮八幡宮へお参りをさせて頂いた。

 

◆ 夏越の大祓い / 2006.  7.  15

今日、15日は私の「生田神社詣で」の日。 午前11時から《和菓子》の教室がある為、それまでに…と、朝大急ぎでお参りに行った。

すると境内の中央にしめ縄の張られた真新しい『茅の輪』があった。「へぇ〜? この間(7月3日=上京していた為、今月は朔(ついたち)ではなく、3日になってしまった)も、枯れかけた『茅の輪』が残されていたのに・・・?」と、近づいてよく見ると、今日、7月15日午後5時から『特別神事 夏越の大祓い』とあった。 6月の東京教室で皆さんに《水無月》のお菓子の説明の中で偉そうに『茅の輪くぐり』の話をしたが、学生時代に京都で『茅の輪くぐり=夏越の祓い』に行って以来、私自身も行っていない〜?と妹を誘い、夕方、再び生田神社へと出向いた。

午後5時過ぎ、楼門の前には50〜60名の人が集まり、宮司さんのお話に頭を垂れて聞き入っていた。つまり、私達は遅刻をして行ったようだ。 集団の後部について、皆さんがなさる行動を真似た。しばらくして、楼門の下に供えられていたお供物の台が取り除かれ、宮司さんに続き2列になって『茅の輪』をくぐる儀式の説明があり『水無月の夏越の祓へする人は 千歳の命延ぶといふなり』という歌の書かれた紙を渡された。そうそう…確かにそういう歌だった…と思いながら、皆さんの後に続き先の歌を唱えながら境内の『茅の輪』を8の字に回って拝殿に入れて頂いた。 背中に滝のように汗が流れるのを感じながら、こういう体験は初めてだから… と、興味半分ではあるが有難く参加をさせて頂いた。

そして帰り道、後ろから「先生?」と呼び止められた。振り返って驚いた。お茶の古い生徒さんとお母様だった。聞けばお二人は、毎年この神事に参加してお祓いをなさっておられるそうだ。もしかしたら、来年もお会い出来るかも知れませんね。。。

 

◆ なぜか中国茶… / 2006.  7.  11

今年に入り、私の周囲はにわかに中国茶めいている。頂戴するお茶は皆、不思議なくらい中国茶だ。ご主人が単身赴任しているから… 台湾へ旅行したから… 香港のお土産に… そして必ず「むこうで人気のお茶だそうです」というコメントが添えられる。 確かに烏龍茶、ジャスミン茶、プーアール茶・・・ お茶の種類も多くなり、パッケージもグンとお洒落になってきている。

実は今年の春、《VOLTEC》さんから、面白い話、ご相談を頂いた。〜〜〜《VOLTEC》さんは、最初に私のホームページを作成してくれたコンピューターのソフト、システム会社で、私は社長のご厚意に甘え、ずっと長い間、《VOLTEC》に寄生虫のようにくっついてご迷惑をかけてきた。ホームページを作る事に関してはいつの頃からか彼らの手を離れたものの、未だに何から何までお世話をお掛けしている。〜〜〜

その《VOLTEC》さんが、《萬里香》という社名で中国茶の通販に乗り出しているのだ。頂いたご相談というのは《萬里香》のお茶と《さろん閑遊》の料理レシピのコラボレーション… 平たく言えばそんなところだ。 中国茶は私の専門外である。生徒さんの中には中国茶の先生という方も何人かおられたが、今は交流が無い。以前、その中のお一人のお宅にお招き頂き、作法を含め数種類のお茶をご馳走になったが、その味の広さ、深さは日本茶の比では無い!と、感服したことを鮮明に覚えている。 日本の緑茶、抹茶には、茶道教授という仕事柄、当然親しんできているが中国茶は全く別の世界だ。これまでにも何度か中国茶を習いに行こう!としたのも事実だし、ずっと以前から興味深い世界であることも確かだ。。。

VOLTEC》さんからのお話を受け、ネットや人づてに色々調べてみて、やはり中国茶の奥の深さに圧倒され、今回のお話は見送らせてもらった。今はまだまだ、勉強不足だ。。。 これを機に改めて勉強をしなければ・・・?

《VOLTEC》さんが、中国茶の世界をサイドビジネスになさったのは、実は昨年、日本在住の台湾の方を奥様に迎えられ、中国茶にハマッタことによるようだ。 そして幸運な事に、奥様のご親戚?親友?とにかく、近しい方が大きな茶園を営んでおられるご縁らしい。。。 そして一昨日、その《萬里香》さんから“中国茶の詰め合わせ”のお中元が届いた。 たまげたぁ〜〜。 仕事の早いこと〜〜。 春に「良いお茶を見つけた」と喜んでおられたのに、夏には「お中元」として商品化されているではないか! もう何年も前から、「和菓子や、和菓子のお材料の通販をやりたいから…」と、口ばかりの誰かさんとはえらい違いだぁぁ・・・ 反省・・・

 

◆ ラティス三宮〜Part 3 / 2006.  7.  4

東京での9日間の講習を無事に終え、一昨日、三宮に帰宅。 十日以上、部屋を締め切っていたので、空気は澱み新築の建物特有の臭いがした。途端、私は鼻がムズムズ…クシャミが出た。窓を全開しサーキュレーターを回し、ようやくまともに呼吸が出来た!という感じ。。。

そして暑い! たまらなく暑い!
以前からこのページに、ここの建物やここでの生活について愚痴っているが…(笑) とにかく暑い! 冬、北側の部屋の扉を開けると「冷蔵庫」のようだったのに、今はまるで「サウナ」のようだ。冬、寒くて… 夏、暑い… 最悪だ。悪魔のような北の部屋だ。 南側の部屋は全面ガラスだから温室のようになって、夏は、さぞ暑いだろうと覚悟していたら何とも良い浜風が通り案外涼しい。

この都会に居ても、早朝は鈴蘭台と変わらない位に実に涼しい。肌寒さを感じる日さえもある。ただ午前8時を過ぎると周囲のビルが皆一斉にエアコンを入れ始め、にわかに空気がムッとしてくるのを感じる。確実に気温が上昇しているのが判る。となれば、我が家も窓を閉めエアコンを入れなければならないのだろう。。。 

が、今年5月、私は「アレルギー性鼻炎」との診断を受け、お医者様に「今年の夏は、エアコンにかかるな!」と、言い渡されている。「先生、それは無理ですよ。不可能ですよ〜。」「無理はわかっとる。出来るだけや!」と。 確かに、エアコンの中に長時間居ると“鼻声”がますますひどくなり、夜には声が出にくくなる。先生の仰るとおりだ。

アレルギーの原因は、この建物(ラティス三宮)にあるのか、都会(三宮)の空気にあるのかは特定出来ないらしい。1月の引越しに伴っての環境の変化によるものには違いない。 「アレルギー」とは、生涯無縁だと思っていただけにショックだった。が、現実は現実として受け止めなければならないだろう。 私個人の考えだがアレルゲンは、この建物にあるだろうと思っている。(この建物のオーナーには「名誉毀損」とお叱りを受けそうだが) 妹を含め多くのここで働く人々に、その反応は出ていない。つまり私個人の問題で、私の体質がこの建物の中の何かに反応している!のだと思う。やはり都会の暮らしには不向きなのだろうか…? (笑)

という訳で、どこまで耐えられるかは分からないが、この暑い都会のど真ん中で 「エアコン我慢」の生活を、頑張ってみたいと思う。

 

◆ 東京和菓子教室〜夏 / 2006.  6.  27

東京での本来の夏の和菓子教室が始まって、今日で5日目。。。本当なら「明日までだぁ〜。あと一日、しっかり頑張ろう!」というところだが、今回は事情が違う。 今日でやっと折り返し地点だ。さすがに“9日間連続”のお教室は長い・・・と実感している。

先の4日間(6月1日〜4日)同様に、新しい方々とのお出会いがいっぱいだ。今回のお菓子は《水無月》と《蓮根餅》 旧来の生徒さんも含め、関東には少ない《水無月》が目当ての方、そして、やはりあの「和久傳」の《西湖》が自宅で作れるなら…と、《蓮根餅》を目的にお越しの方が大半だった。恐るべし《西湖》・・・(笑)  が、私にとっては、朝日新聞にも、和久傳さんにも足を向けて眠れない!有難い話である。

どのクラスでもお話した事だが、「何でも最初に思いつき、ものにする人が偉い!」と、心底、思う。“わらび餅”と同様に、粉(蓮根の澱粉)と砂糖と水を合わせて練る、単純なお菓子だ。ただ、その澱粉に“葛”でもなく“蕨”でもなく、“蓮根”を用いただけの事。 “蓮根”を使い、そこに“和三盆糖”と“黒蜜”を合わせるという思いつきが素晴らしい!のだ。 アッという間に全国制覇してしまった事も頷ける。 清涼感溢れる“笹の葉”に包んだところもまたご馳走で、その発想の豊かさには敬服だ。 京都のお菓子を真似ることから「和菓子作り」を始めた私には、オリジナルを作る努力が足りない〜と、反省する。。。

ただ、講習の半分を過ぎ、今日までに4名の無断欠席があった。 お電話を差し上げたが連絡は取れないままだ。 今回は希望者が多く、やむを得ずお断りした方々もあったのに…と残念だ。

 

◆ ワールド・カップ / 2006.  6.  13

ドイツで行なわれているサッカーのワールドカップ、日本は昨日の初戦、オーストラリア戦に負けてしまったそうだ。。。 テレビもラジオも新聞も皆、国を挙げて大騒ぎしている様子なのに全くの他人事で申し訳ない! 元来、スポーツは苦手。従って他人がするのを観戦するのはもっと苦手。従来からサッカーも野球も見た事がない。。。 4年に一度のワールド・カップだが、全く興味が無い!というのが正直なところだ。最も全国には私のような人も大勢おられると思うが。。。

興味深かったのが、街の様子! 昨晩の静けさはお正月並みだった。 都会に暮らすと、こうした社会情勢までわかるんだぁ〜と妹と笑った。 午後9時ごろから本当に人っ子一人通らない感じ…車まで通らない。 偶然かもしれないが、連日遅くまで残業しているビルまで真っ暗だった。 いつも深夜近くまで騒がしい飲食店もお客様がいないのだろう… 早々に閉店していた。 (笑) 街中がシーーンと静まりかえっていた。

勿論、私だって日本チームに頑張ってほしいとは思っている。が、世間がみんな、こんなにも熱心に必死に日本のサッカーを応援し、オリンピックよりも数倍“熱く”なっている事がおもしろい。。。 次回の第2戦、18日の夜の街の様子が楽しみだ。。。  そして何よりも… 私にとっては、あの日韓同時開催と騒いだ時から早4年の月日が流れている事が怖い!現実である。

 

◆ 東京教室〜夏(特別枠) / 2006.  6.  4

4月の朝日新聞の掲載記事のお蔭で、従来予定していた夏のお教室は満席! そこに入れなくなった旧来の生徒さんも出てしまい、松島先生(トマトのオーナー)ともご相談をして、今回のこの特別の日程を決めた。

4日間で8クラス… 初めてお目にかかる方が半数以上だ。 新しい出逢いは、やはりドキドキする。。。先方の皆さんは新聞で、あるいはこのHPで私を見て下さっている方がほとんどだが、こちらは全くの“想像”の世界。お電話でのお声から、メールの文面から、勝手に思い描いている訳だ。「想像通りの方!」とホッとする事もあり、「想像とは全く違う!」と驚く事もある。(笑)

今回お出逢いした皆様方も素敵ないい方ばかり!だった。 甘いものがお好きな方、何でも手作りしたい方、お茶をなさっておられる方… 「和菓子」への入り口は様々だが、皆さん口を揃えて「和菓子大好き!」と、おっしゃる。。。 有り難いことだ。

初対面の方と会話をする事は、脳の為に非常に良い刺激となる!と聞いた事がある。 仕事柄とはいえ、その機会は非常に多い。これまた有り難いことだ。 (笑)  そして新しい出逢いは必ず“何か”を学ばせてくれる。。。 今回も“見習いたい”と思ったことがたくさんあった。 人と出逢う事が仕事である幸せを感じている。  

 

◆ 江戸の誘惑 / 2006.  5.  23

23日(火)休館日明けのこの日(土、日は混むし…今日は雨だし…少しは空いてるか?と)に、市立博物館で開催中の浮世絵展に行った。博物館へはここから歩いて5分とかからない。4月からあった展示なのに… 終ってしまうぞ!という頃にしか行かない… 何か催しがあると必ず初日に行く!という人と、会期ギリギリに行く人とがある。  私は、確実に後者である。  …苦笑。

ボストン美術館から百年ぶりに里帰りしているという肉筆の浮世絵は、大富豪であり医師であるウィリアム・ビゲロー氏の幻のコレクションだそうだ。 彼の遺志により門外不出だったからとか… また、版画としての浮世絵ではなく、武家や豪商の注文による1点限りの肉筆画ばかりの展示だからだとか… 

葛飾北斎や喜多川歌麿、菱川師宣や鈴木春信など歴史の教科書に出てくる人達の作品がずらり… 確かに版画とは異なり、色彩がとても鮮やかで、細やかな描写、筆使いに吸い寄せられる感じがした。 まさに歌舞伎の舞台の1シーンを見ているような景色や衣装が鮮明に描かれている。中でも鳥文斎栄之という武家出身の絵師のものは、華やかで上品で繊細で美しい…、思わず「きれい〜」と声に出た。 写真のチケットの上部にも描かれている北斎の鳳の絵は、市内の所々の看板やポスターになっているので大きな屏風を想像したいたら、あまりに小さくて驚いた。やはり見てみなければ解らないものだ。 

また、とても興味深かったのが掛け物の表装だ。おそらく時代の古いものだろうなと思われる表装は、風帯も一文字も上下も中回しも…全てが“柄もの”の裂地を使っており、中には一見とても奇抜な組み合わせのように見えるのに、全体を見ると調和の取れた「粋」を感じる。東京好みの着物と帯の合わせ方に似ているのかも・・・  そして、これはきっと最近になって表装をやり直したものだろうなと思われるものは、やはり上下か仲回しのいずれかが“無地”であったり、あるいは「粋」なイメージの裂地を用いている事が、逆に何となく意図的に伝わってきてしまい・・・  絵のモデルとなった当時の人々や絵そのものが伝える「粋」や「美意識」は表装にも表れているのだと感心した。 いずれにしてもこれだけの作品を集めたビゲロー氏は凄いし、それをまた見事に美しく保管してくれているボストン美術館に感謝しなければ・・・

 

◆ 神戸まつり / 2006.  5.  13

今日13日(土)は「神戸まつり」のメインフェスティバルとして“おまつりパレード”があった。ルートは東遊園地からフラワーロードを北上し、花時計の角を曲がって三宮中央通りを西へ進み、鯉川筋を南に下りて大丸前まで。 つまり、我が家の前をパレードが通る訳だ。へぇ〜っ!知らなかった!

    

12日(金)の夜、たまたま来客があり、母が一人で鈴蘭台の実家に戻るには時間が遅いこともあり「明日、“神戸まつり”らしいから… せっかくだからパレードを見てから帰ったらぁ〜」と、母を泊めた。 早朝から何やら金属音がしていると思っていたら… 目の前の横断歩道にパイプを組んだテント(パレードを解説するアナウンスコーナーだった)が出来上がっていた。 パレードは午前11時からとの事だったが、我が家の前を通り始めたのは、正午前だった。

30年ぶりに「神戸まつり」のパレードを見た。 テレビの映像や新聞紙面でサンバの様子を見ることはあったが、実際に見るのは… 多分、高校生の時以来だ。 110もの団体が参加、行進するそうだが、やはり、注目はサンバ?! サンバチームも一つではなく、いくつもあるのだと初めて知った。 あとバトンスクール、阿波踊り、よさこい、吹奏楽や音楽隊などのチームも数多くあった。。。皆さん、日ごろの練習の成果をここで発揮されるのだろう。。。

残念ながらお天気はあいにくの雨。気温も低く、見ていて気の毒になった。 私達はここ6階から雨にも濡れずまさに高見の見物。ちょうどこの建物の前の交差点が広場となり、何がしかのパフォーマンスが行なわれる特等席だった。 母は幼稚園児のバトンや楽器演奏を見て「みんな可愛そうに…この寒い中、涙が出そう…」と呟き、派手なチームがやってくると子供のようにはしゃいで、伯母や友人に携帯から実況中継をしていた。。。(笑)

という訳で、パレードが終了する夕方まで何も手に付かなかった。。。 長い間、何の興味も関係もなく他人事だった「神戸まつり」だが、ここへ引っ越したお蔭で少し新鮮な気分が味わえた! もしも来年もパレードのコースに変更が無かったら、上(6階)からの写真ではなく… ちゃんと下(地上)へ下りて、迫力のある写真をお届けします。。。笑

 

◆ ゴールデンウィーク / 2006.  5.  5

4月30日(日)の夕方、例によって神戸空港に戻った。 神戸に戻って来てからも“お申し込み”の電話は続いた。。。 従来の生徒さんへのご迷惑もあり、更に別枠での追加の日程を決めた。 連休返上でこの対応に追われた。。。 という事で、「この連休こそは!」と固い決心で(?)予定していたHPの更新が、また…ずれ込んでしまった。(苦笑) 

そして今日は第1金曜日、「はじめての包丁コース」の日程に当たっていた。 先月、生徒さん達に「連休中ですが、どうされますか?」とお尋ねしたら、「構いません。お願いします」とのお返事だった。 「ええっ〜。良いんですか?」 皆さんの熱心さに驚いた。。。 

私は本来“出不精”で、特にこのGWやお盆、お正月の人ごみが苦手だ。 世間で言う大型の連休は家でじっとしているのが一番だと常々思っている。 が、今年からはその家がこの三宮で… この繁華街の中で連休を過ごさねばならない。 とにかく人が多い! 教室の材料の調達も、日々の食品の買出しも、センター街の人波を掻き分けて買い物に行かなければならない。 昨日、南京町の人出を見て本当に驚いた! 世間の人々は、こんなにも街を歩くものなのか…? 

もちろんGWに関係なく働いておられる方々も大勢おられる事だろう。 この連休を利用して、お向かいの大和證券はビル内の改装をしている様子だ。 玄関には24時間ずっとガードマンさんが立ち、夜中じゅう電気が煌々として中での改装の様子が伺える。(写真) 私は何だか他人事とは思えず、「お疲れ様!」と声をかけたい気分だ。 きっと連休明けには、すっかり生まれ変わった美しい姿がお目見えする事と思う。 

今年は何やら肌寒いゴールデンウィークだが、私は、気分転換で美容院に行くのがやっとだった。。。 笑!

 

◆ 朝日新聞〜マリオン / 2006.  4.  29

4月27日(木)の朝日新聞夕刊に特集『楽しみ学 ことはじめ』の第4弾『和菓子』として、東京での「さろん閑遊和菓子教室」の記事が掲載された。先述の蒔苗さんの体験ルポ式の記事となっていて、私がお話させて頂いた物事をよくよく理解して下さった上で、実際にお菓子を作った彼女自身の素直な感想や思いが伝えられていた。

26日で教室が終了した私達は、その日は木型職人の片庭先生を訪ねて栃木県鹿沼市へと出かけていた。 新聞のことは重々承知していたが、まぁ、問い合わせはボツボツ翌日当たりから…と、ノンビリ構えていた。 ところが、ちょうど片庭先生の製作過程を見学させて頂いている最中、午後3時半くらいから携帯が鳴り始めた!(東京での開催期間中は、神戸の教室の番号を携帯に転送している) 

電話は“問い合わせ”どころか、すべてが“お申し込み”のお電話だった。 出先ゆえに手元に次回の参加者の予定表も無く、取り合えず… 逆にご連絡先をお聞きして電話を切った。 途中、携帯のバッテリーが無くなってしまい… 仕方無く電源を切った。 トマトに戻って携帯の留守番電話の問い合わせをしてまたビックリ… 目一杯“お申し込み”の伝言が残されていた。。。

そして昨日、今日は、朝から一日中その対応に追われた。。。 お蔭様で去年あたりから東京和菓子教室は期間中ほぼ満席の状態が続いていた。 5年かかってようやく定着できてきた感があった。 母にも「石の上にも三年!とはよく言ったものだね」と、言われていた。。。 そこへ今回の新聞の掲載によりお申し込みが殺到した。 急遽、松島先生(トマトのオーナー)に次回の滞在延期をお願いし教室の開催を3日延ばした。 が… それも全て満席となってしまった。。。

ウレシイ悲鳴!で、本当に有り難いことと感謝している。 が、今回の反響の大きさには正直戸惑っている。 マスコミの力は凄い!と思った。 そして東京の人たちのパワーも本当に凄い!と思う。。。 次回、皆様にお目にかかるのを楽しみに、私もエネルギーを温存しておかねば・・・(笑)

 

◆ 東京教室〜初夏 / 2006.  4.  26

21日からの6日間の教室が無事終了した。 やはりホッとする。。。

実は初日の午前のクラスに朝日新聞の取材を受けた。記者の蒔苗さんは前回の3月(春の教室)にも教室にご参加くださり、既にその時に和菓子のこと、東京での教室のこと、お茶のことなど色々とお話をさせて頂き、今回は写真撮影が主となった。

2年前の日経新聞の甲嶋さんも、今回の朝日新聞の蒔苗さんも、インターネットから我がホームページを検索し「東京での和菓子教室」を見つけ出して下さっている。時代というのは有り難い!と思う。 今回、初めてご参加くださった皆さん方も(一部のご紹介を除き)ネット検索の方々だ。神戸在住の私が何の宣伝もせずに、こうして東京で教室を開催できるのもすべてネットのお蔭だ。 本当に、インターネットさまさま!である。。。 そしてまた、ネット検索で自ら捜してお越し下さった方々は本当に熱心な方が多い。 ウカウカしてはいられない!と…ドキリ!とする事も多い。。。

東京の教室で毎回話題になるのは、東西の食文化の違いだ! おもしろい・・・ 和菓子にまつわること以外にも、楽しい愉快な会話がいっぱいだ。お互いに「へぇ〜っ?そうなの?」と驚いたり笑ったり。 東京教室には関西出身の方も少なくなく、彼女達に同意を求める私。 また、地方出身の方から意外なお話が出たりもする。 とにかく、おもしろ〜い!と毎回感じる。 今回の「柏もち」も結構いろいろ、盛り上がった! 東京での教室を続けていく中で、東西の違いの生の声を一度まとめてみたら面白いだろうなぁ!と思う。

 

◆ 神戸空港 / 2006.  4.  20

今月は何やら慌しく、アッと言う間に初夏の東京教室への上京の日を迎えた。

今回は2月に開港した神戸空港から飛行機で行く事にした。ミーハーな私達は開港直後に空港島へ車で渡ったことはあるが、実際に空港内に足を踏み入れるのは初めてだった。早朝、第2便に席を取った。自宅からポートライナーの乗り場まで徒歩10分ほど・・・ 三宮から空港まではポートライナーで16分、おそらく乗り合わせた人は殆ど皆さん同じ飛行機ではないか?と思う。駅から空港までは20〜30歩! 予定通りに空港に着いた。。。 これは便利かも。。。 

着いてみてビックリ! あまりのコンパクトさにだ。。。(笑) 多分?絶対? 迷子になる人はいないだろ! 色々と探検するつもりで早めに出かけたが、時間を持て余してしまった。 心配していたお天気も、どうにか傘も必要ないほどに回復した。 当然だが雲の上は快晴で眩しい朝日を浴びた。 乗って暫くしたら「当機は間もなく着陸態勢に入ります」とのアナウンスに「へっ?」 確かに飛行機は早い! 羽田に着いてまたビックリ! 広い。。。(笑) 思えば羽田空港に立つのは生まれてはじめてだ。 そりゃ、元(今も一部)国際線を持つ空港なのだから当然か! 私達と逆パターンの人(羽田⇒神戸)はもっと驚くだろうなぁ〜  

話の種に神戸空港を利用してみたが、以外と便利だった。1時間とまでは言えないが最低30分の時間短縮だ。ビジネスマンに好評なのも納得! 早朝の便だったせいか殆どがビジネスマン? 当たり前の事だが他人に迷惑をかけるような客は一人もいなかった。

かつて神戸空港の開港には、「大反対」した。でも、出来てしまったら仕方が無い! 出来たからには応援しなければ。。。

 

◆ 都の春 / 2006.  4.  9

京都、鹿ケ谷の金毛院さんで知り合いのN先生の懸け釜があり、久々に京都を訪れた。昨日、今日と絶好のお花見日和。。。いつもなら車で行く場所なのだが、京都市内の渋滞とあの桜の名所“哲学の道”を車で横切る勇気が無く、阪急電車〜タクシーで行く事にした。阪急京都線はもの凄い人・人・人・・・(自分もその中の一人なのだが)

御所の一般公開の最終日とも重なり、観光都市・京都は、とにかく凄い人! タクシーさえ捕まらない状態だった。 ようやく乗ったタクシーの中から、“哲学の道”を散策(芋の子を洗う状況だったが)する人達に「すみません。すみません」と頭を下げ、何とか金毛院さんに辿り着いた。受付をしていると、お待ち合いから懐かしいお声が聞こえて来た。 ああ、やっぱり… 阿山先生ご夫妻だった。 

幸運な事に阿山先生と同じお席となり、先生と奥様のお蔭で和やかで楽しい一席となった。お正客によって、その席の雰囲気は随分変わる。。。 知識が豊富で気配りが出来、会話の上手なお正客に当たれば茶会は実に楽しい。 正座が出来ない母は、今まで公の場の“お茶会”というものに行ったことがなかった。N先生のお茶会なら行ってみたい!と初めて伺った母も「気さくな奥様のお蔭で、緊張もせず、楽しかった〜」との感想だ。

帰りは何と、お車でいらしていた阿山先生がご一緒に…とお誘い下さり、お車に同乗させて頂くこととなった。 先生のご自宅には東山を下る方が早いのに、私の次の目的地の為にわざわざ遠回りをして下さった。 そしてそれは偶然にも、まさにお花見コースである川端通りを走って頂くこととなったのだ。当然の事として… 丸太町通りから川端通りへと南に左折した途端に車は渋滞・・・

タクシーだったら、一体いくらとられるだろう…?と、怖くなるくらい車は動かない。お忙しい先生ご夫妻に本当に申し訳なく、ご厚意に甘えた事を後悔し冷や汗が流れた。 先生は助手席で「まぁ、天気はええし、最高の花見日和や〜、鴨川の桜を満喫して帰って下さいな…」と、穏やかに仰る。

確かに鴨川沿いの桜は時折ヒラヒラヒラと花吹雪を見せながら、今年最後の精一杯の美しさを競っている。鴨川の桜が何故あのように人を惹きつけるのか… 途中、疎水の満開のソメイヨシノの一群を見て気付いた。そう、鴨川の桜は、半分が枝垂れ桜だ。淡いソメイヨシノの中に濃いベニシダレの濃淡が美しいのだ。そこへ、柳の新芽の若い緑が流れ… その見事なコントラストが鴨川の桜の魅力なのだと気付いた。。。 “見渡せば やなぎ桜を こき混ぜて 都ぞ春の 錦なりける” まさに『都の春』を満喫させていただいた。

 

◆ 東京教室〜春 / 2006.  3.  30

咲き初めの桜に迎えられた東京教室〜春も、盛況のうちに昨日で無事終了した。
桜は先週末の暖かさで一気に開花し、ちょうど満開となった。。。この絶好の花見の時期に東京に居ることも珍しい… これを逃すのも何やら勿体無い?と、帰りの日程を一日延ばした。本当は「千鳥が淵」へ行きたかったが、時間の都合もあり結局「目黒川」へと… 近場で手を打った。

出かけて行ったのが、そもそも午後3時前。お天気は薄っすらと曇りかけていた。風のきつい肌寒い日だったが、さすがに人通りは多い。。。 念願の“ひがしや”さんのカフェの席に着くことができた。(いつも夜のバータイムか定休日に当たってしまい、座ってお茶を頂く機会が無かった) ラッキーな事にちょうど窓へ向いての席に案内され、全面ガラスの2階のその窓からは目黒川の満開の桜を真正面に見る事が出来た。折からの強風に、早、ヒラヒラと花を散らしはじめているものもあり、映画の1シーンのような光景だった。

“ひがしや”さんでは私は「深蒸し煎茶」と「桜餅」「草餅」「柏餅」(一人で3個も)、妹は「かりがね」と午後5時までの時間限定の「お汁粉」を頂いた。 お茶の出し方の丁寧さに従業員の方々も大変だなぁ〜と、感心した。雲行きが妖しくなり、トマトへの家路を急いだ。中目黒の駅へ向って川沿いを歩くと、夜桜見物の宴会の座席をキープする集団と大勢すれ違った。この寒い中、ご苦労様。。。

目黒川沿いに居を構える生徒さんがご自宅から撮った目黒川の桜。。。(上の夜桜風景も) さすがに東京の桜の名所のひとつだ。 次回は是非、「千鳥が淵」か「上野公園」を訪れてみたい。

今回の教室はお蔭様で元気!ハツラツ!だった。 “春”は毎回そうなのだが、新しい方の参加が多い。“春から何かを始めよう♪”という意気込みのようなものが感じられる。。。 また来月、すぐに“初夏”のお教室での上京となる。その頃にはすっかり葉桜となり、緑が美しいことだろう。

 

◆ セカンド・ライフ / 2006.  3.  17

今日の和菓子教室に、4月にカナダへ移住されるKさんがお見えになった。 当初、カナダへの渡航は2月初めのご予定だったが、出発が少し延びて2月、3月とお越し頂くことが出来た。私も自分自身の急な引越しで1月を休会した為に… もう、お会い出来ないと思っていたので、本当に嬉しかった!

Kさんとは、半年間ほどのお付き合いとなってしましった。(もっとも、これからまだまだ続くと思うが)教室にお見えになった時、渡カナダは既に決定していて… むしろその為に、あちらで「和菓子」を作りたい!という目的を持ってお見えになられた方だった。 当然、とても熱心だった。 お茶は表千家を勉強されていて、お茶事もよくなさるとの事だった。「先生にもっと早くお出逢い出来ていたら・・・」と有り難いことを仰って下さるが、それは私も同じ気持ち・・・ 

セカンドライフを海外で・・・ という話はバブルの頃によく聞いた。人気はやはりカナダやオーストラリアだと。 が…実際に私の周りには持ち家を始末して完全に“移住”してしまう人はいなかった。Kさんが初めてだ。 ご子息さん達が、ご主人様の事業を継がない。との事でアッサリ会社をたたみ、親・兄弟・子供たち・多くの友人・知人を残し、ご夫婦二人だけでの海外生活! 羨ましい…というか、もの凄いエネルギーだと思う。 私にはその勇気は無い。。。

日本に暮らし、気楽に年中海外旅行を楽しむ事も可能だろうに。。。 最も彼女達の発想はまるでその逆なのだろう。カナダに暮らし、年に数回日本への海外旅行を!という感覚だろう。 いずれにしても、まず経済的余裕が第一条件だろうと思う。

教室の生徒さんで、ご主人が定年を迎えられた方は少なくない。'07年問題ともいわれる大きな社会問題だ。ご主人がお家に居られるようになり教室をお辞めになる方。ご主人と家事を分担し我が世の春だと仰る方。少々‘ウツ’状態の方。様々だが、Kさんのように自営業の方が自ら人生に区切りをつけ、意識的に第二の人生を歩み出される方は少ない。自営、開業の方々は、「生涯、現役!」と仰って元気に働いておられる方が殆どだ。どちらが良い、悪いの問題では決して無い!このように、自分の人生をキチンと設計できるKさんご夫妻は本当に立派だなと、尊敬する。

市内の引越しでもあれほど大変だったのに〜。大切な家や家具を処分し、これからの生活(人生)に必要な物だけを選び出し、ある意味本来のゴミも大切な想い出も一緒に処分しなければならない訳だ。

「荷物を整理していて、これがぜ〜んぶ自分の欲の塊かと思うと、恥ずかしくなり嫌になりました」というKさんの言葉が印象的だった。私自身も今回の三宮への引越しで、あの地震の時にあれほど誓ったはずなのに… 本当に人間の物欲はどこまで?と、深く反省させられた。

写真は今日Kさんに頂いたカルトナージュのペン皿とブロックメモケース。もちろん、Kさんのお手製だ。彼女らしい、華やかでありながらシックな… 素敵な記念の品を頂いた。何やら使うのが勿体無いなぁ〜。

ともかくお身体を大切に、充実したセカンドライフをお過し下さい。また、お会い出来る日を楽しみにしています。

 

◆ 初音 / 2006.  3.  8

今日は実家(鈴蘭台)でのお茶のお稽古日だ。朝から窓を開け放し準備の為の掃除をしていたら、『ホーー・ホケキョッ♪』と鶯の声。 「わぁ〜!もう、鶯が鳴いてたんやぁ〜」と感動する私に、「今年はね、3月3日が初音やったよ」と得意げな母。。。 

我が実家では、毎年この時期から8月ぐらいまで鶯の声を聞く事ができる。自分のもの(所有物)でもないのに母の自慢である。 確かに… 青山墓地を眼下に臨み、六本木ヒルズが出来てリビングが明るくなった!という素晴らしく羨ましい環境(南青山)に住む親友に、唯一勝てる(勝ち負けの問題ではないが)のは、これだけだね!と笑った事がある。

そう、都会では味わえない幸せだ!
先日も書いたがこの三宮で耳にする音は、残念ながら“癒される音”とは言えない。。。 車の騒音、酔っ払いの奇声、パトカーや救急車のサイレン、暴走族のようなバイク音、街頭演説の叫び声、街宣車からのマイク音…  ただ一つ「神戸らしいなぁ〜」と平和を感じる音がある。 時報のように海から聞こえる船の汽笛だ。私が気付くのは、たいがい正午と午後4時。 心密かに、今年のカウントダウンを楽しみにしている。。。

姿形は見えないが、すぐそこで鳴いているような澄んだきれいな声で鳴く鶯。例年、やはり最初は『ケキョ、ケキョ、ケキョ♪』と、たどたどしいのに… 今年は実にしっかり鳴いている。いつまでも寒い日が続いているが、春は確実やって来ているのだ。

午後、お稽古にいらした生徒さんも「えっ? 鶯ですか?」と感動して下さった。。。 微笑!

 

◆ 芦屋教室 / 2006.  3.  2

お世話になった芦屋(奥池)での料理教室を、一応、今日で終了させてもらった。本当は昨年末で終らせて頂くつもりだったが例の大雪で教室を中止した為、「このままでは・・・」という事になり、私の勝手都合で今日まで延期をしていただいた。

1千坪を超える緑の敷地の中に建つ別荘で、平成14年の6月から毎月第一木曜日に、優雅な気分で教室をさせて頂いた。会場を提供して下さったDさんには、何とお礼を申し上げてよいか…。

西宮(目神山)〜芦屋(奥池)での出張の料理教室は、最初、我が家の教室に参加して下さっていたHさんから 「先生のレシピを伯母に見せていたら、『生徒さんを集めるから、うちでお教室をお願いできないかしら?』と、言うのですが…」というお話を頂いた事に始まる。。。 「じゃあ、出来るかどうか… とにかく、場所(キッチン)を見せていただいてから・・・」と、伯母様のお家を拝見させて頂く為にHさんと夙川駅で待ち合わせた。当時はナビも無く、Hさんの車の後を追って走り、着いたお屋敷を見て仰天した! 「こ、ここっ? …ですか?」 出来るも出来ないも・・・ 夢のようなキッチン、プロ仕様の調理器具、見事に揃った食器・・・ ここで教室やって良いのでしょうか…? テレビや画報に何度も登場する大豪邸だった。

紹介された伯母様、Tさんは気さくな方で、翌月(平成11年の5月)からのお教室が決まった。お集まり下さったメンバーがまた凄い! 普通なら(このような立場になかったら)凡そ口もきいてもらえない? 知り合う機会もない方々(今流に言えばセレブ?)ばかりだった。 が…皆さん、ちっとも偉そうでなく、気さくで楽しい良い方ばかりだ。 ただ… でも… オーラが違う… (笑)

その後、Tさんが体調を崩され、私は「いよいよ教室解散」を覚悟していたら、生徒さんのお一人だったDさんが、「うちの別荘でよければ…」と、新たな会場を提供して下さったのだ。私はホントに、何てラッキーなのだろう。。。 Dさんの別荘に伺い、またまた仰天! はぁ〜 本当に世の中には、お金持ちがたっくさん、たっくさん、居られるのですね。

ということで(長い長い前フリだったが)T邸から引き続き、7年間もの長きにわたり出張のお教室をさせて頂いたことになる。三宮へ出てきたことをきっかけに、私自身の体力的な問題や、手伝ってくれているスタッフの問題もあり…、この恵まれた環境、この素敵なメンバーには、とてもとても名残惜しいが… ここらが潮時だろう!と思っての決意だった。

Tさん、Dさんはじめ、教室にご参加下さった皆様方、本当に長い間ありがとうございまさいました。

 

◆ 都会の暮らし / 2006.  2.  17

鈴蘭台に居たころ、私は何処に行くのも車で… 車の無い生活は考えられなかった。が、その愛車(?)を実家に置き、ここへは車を持って来ていない。確かにあまり車の必要性を感じないのも事実だが、何より駐車料金が高い! 目の前の市営駐車場は、市営なのにひと月6万円を超える!歩いて5分、少し離れた場所でも4万円。。。 常はずっと止めっぱなし… 必要なのは、実家に戻る時と郊外への買い物くらいだ。 ならば、我慢!

とは言え、やはり車が必要な事もある。そんな折は、夜間、大丸パーキング(三井のリパーク)に入れる。 そして日中は市営に移すのが最良だ。大丸パーキングは、午後9時半以降、翌朝の9時まで1回300円という安さ! 市営は平日なら1,500円で打ち止めとなる。 そんな訳で昨日も大丸パーキングに止めた。

そして今朝、市営駐車場に移動させようと、大丸パーキングに行ってビックリ! 「当て逃げ」されているではないか・・・ しかも、お正月に直したばかりの右の前・・・

受付・精算所(管理室)に訴えに行ったが… 私の駐車時間内に接触が考えられる車は23台ある事がわかったが、こればかりは現行犯で押さえない限り無理だという。 なんて事! これなら路駐して警察に捕まる方がまだマシだ。 都会は怖い。。。 今年は、やはり「大当たり」の年らしい。。。「宝くじでも買ったら・・・?」と報告した保険会社(友人)に言われた。

都会の生活の驚異(大げさだが)は、他にもある。。。 先日は、夜中0時にもの凄い騒音と地響きがした。地震かと思ったくらい。慌てて表を覗いてみたら、隣のビルで何か工事をしている。その騒音はまさに睡眠妨害!で、深夜3時まで続いた。ピタリと音が止まったので、またまた覗いてみた。トラックに2台、2階の店舗がきれいに撤去・解体されて運び出されていた。 そう… あんな派手な工事、真夜中にしか出来ないよなぁ〜。

また、山側には「佐川急便」さんの集配所がある。早朝、そこへ運び込むカート?台車のガラガラという音も凄い。また、ごみの回収もそうだ。近隣の飲食店は民間のごみ回収業者と契約している。毎朝6時、「バックします。ご注意下さい。」あるいは、「左へ曲がります。ご注意下さい。」というごみ回収車の声が目覚ましだ。

不便は、まだまだ色々ある。。。 便利な場所だが、やはり「生活」の場所ではないのだ。。。 

 

◆ 生田神社詣で / 2006.  2.  15

この新しい教室並びに住居は、生田ロードと三宮中央通りの交わる北側の東の角に位置する。生田神社の赤い大鳥居の右の足(鳥居(神社)に向って)の横にある。つまりは、生田さんの参道にギリギリ入っている訳だ。

この場所への引越しが決まってから、元旦も含めて‘おツイタチ’には必ず生田さんにお参りに行こう!と決めていた。 自分自身でもよく解らないが、何故かしら妙なところで信心深いところがある。(笑) そして今日、突然、十五日にもお参りに行く事を思い立った。 というのも、何とここでの「ごみステーション」は、例の鳥居の右の足なのだ! 私はバチが当たりそうで嫌なのだが… 市の指定のものを勝手に変える事も出来まい!せめてものお詫びに、月に二度くらいお参りすべきかと。。。

この地(現・三宮センタープラザ)に生まれ育ったIさん(75歳)のお父さんのお話だと、やはり、この生田ロードはかつては「川」で、両側に桜並木があり桜が川に注ぐきれいな景色の場所だったらしい。。。川を挟んで両方の参道には様々なお店が軒を連ねていたそうだ。 やっぱり、私は参道で仕事をさせて頂いているのだ。。。

生田神社はご存知、「縁結び」の神様だ。 そうそう、私もたくさんの生徒さんと良いご縁がありますように… ちゃんとお願いしなければ… “神頼み”ではないけれど(笑) 毎朝カーテンを開ける度に真下に見える鳥居に上から手を合わせても何だかなぁ〜。 やはり鳥居はくぐってお参りするものだろう。 毎日は無理! せめて月に二回はお参りしよう!!と、決めた。

 

◆ 新教室スタート / 2006.  2.  9

今日からここ三宮での教室が始まった。 単なる“引越し=場所の移動”なのに、皆さんからお祝い、応援のメッセージをいただき、有り難い事と感謝している。

写真は、お花で出来た「バースデー ケーキ」、新しい教室の誕生を祝って頂いたものだ。真上から撮ってしまい、その様子(ホールケーキ)がご覧いただけないのが残念だ。 私自身はついつい“花より団子”のタイプなので… テレビなどで見て(お花で動物やケーキや造形物を作る事の流行を)知ってはいたが、実際にお花でケーキという発想に感激した。 

引越しからひと月が来ようとしているのに、未だに、ダンボール箱に囲まれて生活しているのはどうしたことだろう。。。何はともあれ、今日のスタートに間に合うように教室の部屋だけは形を整えた。

場所が新しくなっただけで、従来の教室の内容までもが一新される訳ではない。新たに、以前からご要望の多かった「実習」のある料理教室(本来の姿だと思う)と、男性向けの料理教室を開いてみたが、今のところ、生徒さんは集まっていない。。。(苦笑)

まだ、何〜にも宣伝していないのだから当然だ・・・ この場所はちょうど商業エリアとオフィスエリアの中間にあり、(しつこいようだが)場所としては問題無い!と思うのだが。 いずれにしても、“新しい”という事は良いことだ。(笑) ワクワクするような… キラキラするような… 表現のしようのない緊張感や刺激を受ける。 石の上にも三年… これからが楽しみだ! いや、楽しみに&励みに頑張ろう!と思う。

今まで辺鄙な所へお通い下さった皆さん、本当にありがとうございました。そして、これからお出逢いするであろう皆さん、どうぞ宜しくお願いします。 

 

◆ 東京教室 〜浅春 / 2006.  2.  2

先週27日(金)から今年最初の東京での和菓子教室が始まった。
張り切って乗り込んだのだが… 鬼のカクラン? 事もあろうに、この私が(健康が自慢なのに)2日目から風邪を引いてしまった。 初日の教室が済んで食事に出かけた。その先で、皆は「暑いから、暖房を緩めて欲しい」とマダムに頼んでいる。が、私は寒くて仕方がない! まさかぁ〜と思いながらも、一応、売薬を飲んで寝た。翌朝、クシャミと鼻水が止まらない。。。 どうしよう。。。

午前の教室は10時から。 手伝いに来てくれていた従姉妹も母も、随分、心配顔… ところが奇跡のように9時45分には鼻水がピタリと止まった。 私自身も信じられない! 
夕方、5時半に最後の生徒さんが帰られた。 途端、ムカムカと吐き気がして、すぐにお布団にもぐり込んだ。 残り4日をどうしよう
。。。

翌朝、またクシャミと鼻水が止まらない。が、不思議にもやはり10時前にはピタリと止まる。従姉妹と母が笑う。。。「凄い気力だねぇ〜」 本当に自分でも驚いた。『病は気から』は本当だと思った。年末の‘花びら餅作り’から、引越し、法事、初釜、上京の準備。。。 きっと疲れが出たのだ。結局、教室の期間中、どこにも出かけず思わぬ静養をすることとなった。大人になってから、毎日こんな早い時間に床につく事など久しくなかった。

実は今日2月2日は歌舞伎座の二月公演の初日だった。偶然にも松島先生からチケットを頂き大喜びしていた。菊五郎さんと吉右衛門さんの二本柱で、「こんなのが、顔見世にきたら良いのにぃ〜」と大はしゃぎだった。 が… 迷いに迷い・・・ 思いっきり後ろ髪を引かれながら・・・ 我が身の体調を考え・・・ 観劇を諦め泣く泣く帰路についた。

「気力」と「根性」で、頑張った6日間の教室だった。(笑) ともかく新年早々、生徒さんにご迷惑をかけずにすんだ事に安堵している。次回からは、万全で臨みたい。。。

 

◆ ラティス三宮〜Part 2 / 2006.  1.  17

今日は、あの大震災から11年を迎える。神戸に暮らす者には生涯忘れられない出来事だ。やはりこの日が近づくとテレビや新聞で、様々な事が伝えられる。。。 そんな中、ここ《ラティス 三宮》という建物の事が毎日新聞に掲載されているよ!と、友人から電話をもらった。直接、記事を読んではいないが、「雑居ビルから居住区を持ったスタイリッシュでお洒落なビルへ…」、つまり「震災からの復興の象徴的な建物」としての扱いだったようだ。

確かにスタイリッシュでお洒落だ。。。天井が高く(無く)コンクリートの打ちっ放しに、白い床と壁。。。キッチンも別誂えのようだし、バス、トイレ、洗面の小物へ至るこだわりもある。。。照明もスポットで今風だ。。。 私自身は、この場所(立地)に飛びついたのだが、南側は全面ガラスで明るくて気持ちが良い! 客観的に見ても都会的で洒落た建物には違い無い!

が… ここで暮らすのはなかなか大変だ。(笑) まず、寒い! 「コンクリートの冷え」とはこんなにも冷たいのか??? 北側の部屋の扉を開けるのは、まるで冷蔵庫を開ける感覚!と思うほどに、とにかく寒い! 聞いた話だと新しいコンクリートの建物が暖まるには1〜2年かかるのだそうだ。。。実に、ショック!!

そしてその冷えに伴う「結露」! 古いバスタオルを1枚 ボトボトにしてもまだ拭き取れない。。。毎朝、モップの先にバスタオルを巻きつけて窓拭きをする姿を想像してみてほしい。。。笑える。。。

それから「換気」! 24時間の空調設備がついているものの部屋に窓が一つしかない。全面ガラスだが、端っこの1枚を除き、いわゆる“はめごろし”だ。反対側の窓があと1枚開けば… どんなにか風通しが良く、気持ちが良いだろう・・・と思う。機密性は抜群だが、窓を開け放つ生活に慣れている私には辛い。。。

デザイン性が高いという事が、必ずしも機能性に優れている!とは限らない・・・のだ。

 

◆ 宗家初釜式 / 2006.  1.  13

御家元の初釜も今年で6回目を数え、午前10時のご案内を頂いた。幸いにも、お天気も今日までかろうじて持ってくれた。懐かしい先生方、同級生や先輩、後輩に迎えられ、思い出が一杯の… 三年間も過ごした家元なのに、何度訪れても兜門をくぐるたび、言い知れぬ緊張感が走る。家元とは、そういう場所だ。

御家元の練られたお濃茶を頂戴した後、その席で、お正客の先生が御家元はじめご宗家の皆様に新年祝賀のご挨拶をなさる事が慣例だ。。。

今年“卆寿”を迎えられるというその先生は、「戦後は『知足』を。震災の後は『安分』を思って稽古に励み、今この歳になっては『却下』を念頭に精進いたしております」と、実に立派なご挨拶をされた。私は自分が恥ずかしくなった。茶席に入り、お軸を拝見し… その意味や情景や趣向を理解し、頭では解っていても… 何がしかの『禅語』を掲げて生活したことなど一度もないように思う。・・・今年の私は、差し詰め『関』だろうか・・・

早々の引越しやら、月末の上京やらで慌しく… 正直なところ、今年はあまり気乗りのしない「お初釜」だったが“お茶はやっぱり良いものだなぁ〜”と、何やら新鮮な感動を受け、深い反省に包まれた一日だった。 

 

◆ 父の命日 / 2006.  1.  9

今日は、父の命日だ。四周忌… つまり丸3年が経ったことになる。昨年の三回忌には、親戚にも集まって頂いたが、今年は静かに家族だけで法要を行なった。

私は、父が亡くなって数日後にたった一回だけ父の夢を見ただけだ。それ以後、父は私の夢には一度も登場しない。母も同じだそうだ。。。私達は冷たいのだろうか…? ある人に言わせれば、「お父様は、あの世でとても高い位に居て、“もう、自分の事は心配しなくて良いよ”と思っておられるから夢に出ていらっしゃらないのよ」 またある人は、「貴方がたに良くしてもらって、この世に、何も思いを残しておられないのよ」と。。。 つまり、いずれにしてもお互いに『未練』が無い、『別れ』を納得しているという事らしい。。。

なるほど… そうかも知れない! 父の安らかで静かな最期をみたときに、かの日野原先生の著書の中にあった“人間の自然の死は、必ずやその人を極楽へと導く” 確かそういった内容の一文を思い出し、妙に納得した事を覚えている。73年間この世に生を受けたが、どこかへ静かに帰って行く… そんな印象を受けた。父が亡くなった日も、ちょうど今日のように、キラキラとまぶしい陽射しの中に小雪の舞う寒い日だった。

 

◆ 引越し / 2006.  1.  8

昨年末から暦とにらめっこして、引越しは8日に決めた。普段はあまり何も気にしないタイプの人間だが、何かあるときには必ず縁起をかつぐ。。。初釜や東京の教室の事を考えると、この日にするのがベストだろう。。。

正式な引越しは8日だが、前日の7日に、村上工芸で作った家具や設備はやはり村上工芸の手で運んでもらった。畳1畳分の大きさのマーブルの作業台は、一度解体しなければ運べないし、本箱と食器棚に使っている家具は大きすぎて、ここ(北五葉のマンション)のエレベーターには入らない。以前の引越しの際も、7階まで階段で運び上げてくれた。今度はまたそれを、階段で運び下ろしてもらわなければならない。申し訳ない。。。

さらに申し訳無い事態が起こった。何と計算上はギリギリ入る予定のこちら(三宮)のマンションのエレベーターにも、あと数センチが入らない。再度、彼らは6階まで手で… 大きくて重たい家具たちを運び込んでくれたのだった。 すみません。。。 ありがとうございます。。。

昨日の村上工芸に引き続き、今日は、アート引越しセンターが朝9時前にやって来た。私にとっては子供、母には完全に孫の年齢の若者達だった。プロとは言え、その手際の良さ、要領の良さはさすがだ。。。見る間に完璧に荷を詰め込み、昼前には三宮に到着。午後からはこれまた手早く丁寧に荷出しし、家電の裏の拭き掃除までやってくれた。感謝、感謝だ。…若くなければ出来ない仕事だと思った。

昨日からグズグズと鼻の調子が悪く… それを、我が家のチリやホコリのせいにしていた妹は、何と「インフルエンザ」と診断された。何も引越し当日に… やっぱり、今年は“当たり”の年かも知れない。

 

◆ 明けましておめでとうございます〜大当たり / 2006.  1.  1

皆様には、お健やかに新しい佳き年をお迎えのことと存じます。
この一年が皆様にとって、健康で幸せに満ちた年でありますように。。。

今日、元旦は予報では「曇り」という事で、「初日の出」は拝めない所が多いと聞いていたのに、何とも穏やかな一日で… お天気を儲けた気分だ。ここ(北五葉のマンション)から、最後に臨むご来光!かも知れない。

私達は元日の午前中に新居へ清めの塩を持って“挨拶”し、折角だからその足で、「生田神社」へ初詣をして帰ろう!と計画していた。 昨年末に届いた‘父の大島を仕立て替えた’着物を着て実家へと向い、お雑煮を頂き、新年を祝って、計画通りに家を出発した。お天気にも恵まれ… 当然、道路もガラ空きで… 良い気分で三宮に到着した。 新居の前は、市営の地下駐車場。そこへ車を入れて、新居に最も近いエリアに駐車しようとして… 三人が三人とも、耳を疑った。。。

「へ? 何の音? まさか…?」 そう、無い事に車の右前を駐車場の柱にこすっていた・・・ 「嘘〜っ!!」 私は、特に駐車には自信があり(その過信、傲慢がアダになった)、まさか元日に、この場所で車を当てるとは思わなかった。降りて見てビックリ!結構、派手にやってしまっていた。

ともかく気持ちを切り替えて、“新居への挨拶”と“生田神社への挨拶”を済ませ、実家へ戻った。4日にはお墓参りがある為、また引越しの段取りもあるし、どうしても車は要る。仕方なく、保険会社に電話してみた。元旦早々からカッコ悪い〜ぃ・・・ と思ったら、逆に、元旦(正月)は特に事故が多いらしい。 何とも有り難いことに、元日の午後4時には新品の代車が届いた。

本当に… 何故あの場所であのような状況下で当たったのか、不思議でならない。 ドキドキさせてしまった母と妹、ご迷惑をおかけした皆様、ゴメンナサイ… 当たったのが“人”ではなく、誰にもケガがなくて良かったぁ〜。 
人間、発想の転換が大事だ! 何事も良いように考えよう! 今年は、「大当たり」の一年になりますように!